紺野美沙子の子供(息子)の大学?名前や画像?夫は氷見市?相撲とは?

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慶応義塾大学出身のインテリ女優としてバラエティ番組にも出演する紺野美沙子さん。女優としても素晴らしい経歴を持つ彼女のプライベート事情を今回は調べて見ました。いったいどんな生活を送っているのでしょうか。まずは紺野美沙子さんの子供さんについてみていきたいと思います!

 

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紺野美沙子の子供(息子)はどんな人?

 

紺野美沙子ご夫婦の間には息子さんが一人いるみたいです。結婚後は横浜にお住まいだそうで、1995年長男が生まれています。難産での出産だったということ、そして、子供さんはこの長男のみの一人っ子ということもあり、幼い頃からとても可愛がり、そして教育熱心だったということです。

 

子供というのはとても可愛い存在だと思いますが、その子供さんが苦労したうえでのお子さんだと余計に可愛くなってしまうんでしょうね!( ^∀^)以下ではそんなお子さんの学校関係の情報にいついて深掘りしていきたいと思います!

 

紺野美沙子の子供(息子)の大学はどこ?

 

そんな気になる息子さんの学校ですが、幼稚園から横浜市緑区にある森村学園に通っていたとの情報があります。その後は森村学園初等部、森村学園中等部、森村学園高等部へとエスカレーター式で進学したそうです。

 

森村学園中等部・高等部は、記載の通り、中高一貫教育を施しているのですが、6年間を3つのステージに分けたプログラムが組まれているそうです。その内容が、基礎力養成期・応用力養成期・実践力養成期の3期です。なんだかすごくしっかりしてますよね!生徒達が希望する大学に入学出来るようにしっかりとしたプログラムを組んでいるようですがそれだけでは無いようです。

 

画像出典元:気になる芸能人あれこれ

 

一般的な学校では、理系の生徒は理系のクラスに、文系の生徒は文系のクラスに分けることが多いです。しかし、この学校では学問の壁を無くし大学進学後も様々な分野に取り組めるよう理系文系の境を無くし好きに学ぶことが出来るようです。進学後の将来のことも考えられているとは素晴らしいですよね( ^∀^)

 

そして、その素晴らしい取り組みが大学入試の結果にも現れているようで、紺野美沙子さんの息子さんは、森村学園高等部を卒業した後、慶應義塾大学に進学しました。エスカレーター式で慶応に入学するのではなく、しっかりと大学受験で入学するのがすばらしいですよね!紺野美沙子さんも慶応義塾大学を卒業していることから、息子が自分の母校に入ったのはとてもうれしかったでしょうね!

 

紺野美沙子の子供(息子)の名前や画像は?

 

息子さんは一般人であるため名前や画像は出てきませんでした。年齢的には社会人になっている歳ですが何の会社に勤めているのか、そして結婚はしているのかなどの情報は出てきませんでした。少なからず、こんなに素晴らしい経歴の持ち主なのでお母さんの同じくバリバリ働いているんじゃないでしょうか?

 

手に職をつけて、職人として活躍しているとの情報もありましたが、もしそうだとすれば、それはそれで素晴らしい職人さんになっていそうですよね( ^∀^)

 

紺野美沙子はどんな人物?

 

画像出典元:子供応援便り

 

【名前】:紺野美沙子

【読み方】:こんのみさこ

【出身地】:東京都狛江市

【生年月日】:1960年9月8日

【年齢】:60歳(2020年12月現在)

【血液型】:A型

【所属事務所】: 朗読座

【デビュー】:1976年

【趣味】:相撲観戦、写真、野菜づくり、手芸

【特技】:テニス、スキー、スキューバダイビング

 

ここで、そもそも紺野美沙子さんはどのような人物なのかをみていきたいと思います!母方の祖母は岩手県陸前高田出身。母方の祖父は福島県の出身。カリタス小学校からカリタス女子中学校、慶應義塾女子高等学校を経て慶應義塾大学文学部国文科を卒業。学位は文学士。俳優・朗読座主宰。1980年、慶応義塾大学在学中にNHK連続テレビ小説「虹を織る」のヒロイン役で人気を博します。

 

「武田信玄」「あすか」など多数のドラマに出演。舞台「細雪」(原作・谷崎潤一郎)では三女・雪子役を好演。他に、「忠臣蔵」「日本の面影」(作:山田太一)など、硬軟を問わず意欲的に舞台に取り組んでいます。

 

バラエティ番組にも度々出演し、飾らないトークで注目を集めています。1998年、国連開発計画親善大使の任命を受け、カンボジア・パレスチナ他、アジア・アフリカの各国を視察するなど、国際協力の分野でも活動中。著書に「ラララ親善大使」(小学館刊)があります。

 

2010年秋から、「紺野美沙子の朗読座」を主宰。音楽や影絵や映像など、様々なジャンルのアートと朗読を組み合わせたパフォーマンスや、ドラマリーディングを全国各地で公演しています。NHKFM「音楽遊覧飛行」案内役を担当。元祖スー女としても知られ大相撲有識者会議の一員でもあります。清純派女優である紺野美沙子さんですが本当に様々な分野で活躍しているのですね

 

紺野美沙子の旦那(夫)はどんな人?

 

 

 

 

 

画像出典元:こいもうさぎ

 

紺野美沙子さんは、1992年32歳のとき)に、TBSのテレビ事業局文化事業部プロデューサー(2016年3月末にTBSを退職)の篠田伸二さん結婚しました。

 

篠田伸二さん1961年生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業。1983年から1年間、ブラジル・サンパウロの企業で働きながら学ぶ留学制度を玉井義臣が創設・推進していたことから、大学卒業後も彼の「あしなが」運動に長年関わってきました。1985年にTBSに入社し、ディレクター、プロデューサーとして働きました。

 

また、文化事業イベントのプロデュース、デジタルのストラテジック・プランニング、プロ野球球団横浜ベイスターズにて広報部長、新番組の宣伝プロデュースなどを担ってきました。現在は独立し、舞台演出、映像制作などを行うが、「シンプル・ギフト ~はじまりの歌声~」は初の長編映画作品になりました。

 

馴れ初めは、紺野美沙子さんが出演するドラマのスタッフとして篠田伸二さんが名参加していたと言われていますが、一方では、友人の紹介で知り合い仲良くなっていったとも言われています。出会った当初はグループで遊んでいましたが、2人だけで遊びに行くようになり、初デートから2週間で結婚を決めたようです。すごいですね!( ・∇・)

 

そうとうびびっとくるものがあったんでしょうね。電撃結婚です。篠田伸二さんは、上智大学外国語学部ポルトガル学科卒業、一方の紺野美沙子は、慶應義塾大学文学部国文学科卒業ということで、高学歴夫婦ということになりますね

 

紺野美沙子の旦那(夫)は氷見市?

 

紺野美沙子さんの夫である篠田伸二さんは現在富山県氷見市の副市長を務めています。

 

「『副市長? 面白い』と思ってすぐにエントリーしたんです」、と。4月に氷見市の副市長に就任した篠田伸二(59)は2月中旬、副市長公募の広告をフェイスブックで見て、即断したという。妻で女優の紺野美沙子さんには採用連絡が来てから事後報告。テレビマンから行政マンへ、畑違いの転職に驚かれたが、「実は妻も撮影で何度も訪れるなど、富山が大好き。『新しい拠点ができた』と喜んでいた」と打ち明けました。

 

こういった情報を見ると、彼はかなり行動力があるようですね。

 

紺野美沙子さんと相撲の関係とは?

 

東京、狛江に生まれ育った紺野美沙子さん。紺野美沙子さんが小学2年生の時に両親が離婚し、母と祖母と姉妹3人でしばらく生活していたといいます。「私がお相撲好きになったのも、祖母と一緒に相撲中継を見てたから」

 

当時のお相撲さんでは、「清国」と言えば歌舞伎俳優さんの中に入っても遜色なかった色男とか・・・。祖母のお目当ては、美し過ぎるお相撲さんと言われた大関までになった清国さんとか。

 

紺野美紗子はまだ小学生ですので、何も解らず門前の小僧といったところでしょうか。それでも、小学生の時から相撲にはまり、小学生から中学生にかけて、一番好きだった高見山の写真を定期入れに入れていたといいますからスー女のはじまりですね。

 

 

 

 

 


画像出典元:スポーツマン好きマンション管理人ブログ

 

思春期のころから、チャンスがあればお相撲さんと結婚して、相撲部屋の女将さんに・・・。当時の花婿候補として、現大相撲解説者の北の富士さんがいいと思っていたそうです。ところが、パッと目にした週刊誌に「夜のネオン街で大モテ」という記事のタイトルに目が停まり、北の富士さんを花婿にするのは辞めることに・・・。

 

そして、思春期が過ぎて、大人になった頃のエピソードですが、これもお相撲が絡んでいるんです。
相撲の大ファン(スー女)になった紺野美紗子は、人生で最大の失敗をしてしまいます。彼氏とデートが大相撲だったとか。これはいけない!デートする場所でもなく雰囲気も間違ってしまってますよね。

 

デートした当時のお相撲さんで有名なのは、「曙」さん。スー女だったので「曙→チャド」と詳しい。取り組みが始まると、大声で拳を振り上げて「行け!!チャド!!!チャド!!!」
の連発で大声援!そんな様子を生で見せられた彼氏は、「ドン引き」だった。

 

それが直接の原因かどうかは定かではありませんが、失敗だったと紺野美紗子はエピソードとして紹介しています。今だから言えるエピソードですかね。年齢的にも60歳とスー女の中でも横綱クラスですが、今でも相撲部屋の女将さんを望んでいるというから普通スー女ではないようです。

 

紺野美沙子の相撲好きが高じた結果?

 

2020年7月19日に初日を迎えた大相撲7月場所(東京・両国国技館)に、新大関として臨む朝乃山を地元富山県から応援しようと、朝乃山の母親の出身地・同県氷見市が名産品のうどんを使った「朝乃山応援!横綱がブリ寄りうどん」(1000円、税込み)を18日から販売しました。

 

氷見市の特産品で“出世魚”として知られるブリ、横綱の綱をイメージした手綱かまぼこ、立山連峰をイメージした大根おろし、それに朝乃山が大好物という母のつくった玉子焼きを模したものをトッピング。つゆはブリのあらでとっただしをベースにしたもので、「温」と「冷」の2種類を用意しました。

 

レシピ発案者は、大相撲の継承発展を考える有識者会議のメンバーで、“元祖スー女”(相撲好き女子)として知られる女優の紺野美沙子。4月に公募で就任した篠田伸二副市長の妻でもある紺野の提案に、氷見市の旅館のおかみら15人の知恵を集めて具体化しました。縁起のいいブリを「ガブリ」と食べて、朝乃山には横綱昇進を、うどんを食べる人には運を引き寄せてほしいという思いを込めたといいます。

 

紺野は「機会があれば朝乃山関にも召し上がって頂けたら光栄」とコメント。日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「お母さんの地元で朝乃山を盛り上げていただければ」とエールを送りました。試食した林正之市長は「ブリの風味がしておいしい。市を挙げて応援したい」と期待を寄せていました。こうして夫婦揃ってやりたいことがどんどん仕事に繋がっていくのは素晴らしいことですね!

 

まとめ

 

高学歴で清純派女優である紺野美沙子は、プライベートやその他の仕事に関してもの凄く充実しているようでしたね。多方面で活躍している彼女を今後も応援していきたいです。

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