稲川淳二の子供(息子)は障害だった?次男の画像と死去の噂とは?

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今回の記事では、タレント・稲川淳二さんについてです。

 

 

日本の夏の代名詞と言っても過言ではないほど夏には稲川淳二さんの怖い話は定番ですよね!j実は、稲川淳二さんの子供は障害をお持ちだったようです。どのような障害だったのでしょうか?次男の画像は公開されているのでしょうか?死去されているとの噂は本当なのでしょうか?今回は稲川淳二さんの子供(息子)の障害を中心に迫ってみたいと思います。

 

稲川淳二はどんな人?

 

まずは稲川淳二さんのプロフィールから!

 

稲川 淳二(いながわ じゅんじ)さん

生年月日:1947年8月21日(73歳)

出生地:東京都渋谷区

血液型:AB型

職業:俳優、タレント、工業デザイナー、お笑いタレント、YouTuber

引用元:Wikipedia

 

稲川淳二さんは、口髭とマオカラースーツがトレードマークですよね!独特の口調で語る怪談の語り手の際の愛称は「座長」と呼ばれ親しまれているようです。実は、元々はラジオDJとしてデビューしていてビートたけしさんの番組によく出演していたお笑い芸人で元祖リアクション芸人でもあるんです。現在の稲川淳二さんからは想像がつきませんよね〜!

 

スーパーのレジで活用されているスキャナーの形をデザインしたのは稲川淳二さんなんですよ!工業デザイナーとして稲川淳二さんの残したデザインは現在まで数多く扱われています。2006年には、怪談話に専念するために55歳でタレント活動を休止。怪談トークのメモをメディアで紹介した際には、あまりの綺麗すぎる文字にフォント化して欲しいとの声が上がったほどでした。

 

 

プライベートが見えない稲川淳二さんですが、1977年に青森県弘前市出身の一般人女性・尚子さんと結婚しています。長年別居していることも話題になりましたが、嫁・尚子さんとの間には2人の子供に恵まれているようです。

 

稲川淳二の子供(息子)は?

 

稲川淳二さんには子供(息子)が2人います。1977年に長男が誕生し、1986年に次男が誕生しています。長男は俳優をしている稲川貴洋さん。

 

 

タレントとして活動しながらも、自主製作のドラマを作成する団体「オミプロ」に出演もしているようです。次男・稲川由輝さんは先天性難病「クルーゾン症候群」のため26歳(2013年)の若さで他界しているようです。

 

稲川淳二の子供(息子)は障害をお持ちだった?

 

先ほども少し触れましたが、稲川淳二さんの息子(次男)は先天性の難病「クルーゾン症候群」という重度の障害を持っていたようです。稲川淳二さんの息子(次男)は生まれた直後から黒目が常に上を向いている状態で白目だったそうです。色々な病院を回って調べたものの診断結果は「問題ない」と言われるばかり。

 

稲川淳二さんのが「そんなはずはない」とさらに病院を回ったところ最後にかかった病院でやっと「クルーゾン症候群」だと診断されました。現在では先天性の病気を発見するためにも生後にたくさんの検査をするようになっていますよね。しかし、この時代はあまり検査などしなかったようですね。

 

ちなみに、「クルーゾン症候群」ってあまり聞きなれない病名ですよね?「クルーゾン症候群」は先天性の遺伝子疾患であり、あらゆる疾患を併発してしまう重度の障害なのです。顔面骨の縫合早期癒合も合併するために症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症の一つで国の指定難病でもあります。

 

頭蓋・顔面の縫合線が早期にくっついてしまうことで頭蓋骨や顔面骨の成長に支障をきたすために、成人するまでに複数回の頭蓋骨の歪みを直す手術が必要なんだそう。稲川淳二さんの息子(次男)も生後4ヶ月の頃から成人するまでに何度も手術を繰り返していたようです。

 

稲川淳二の次男の画像?

 

稲川淳二さんの次男は、「クルーゾン症候群」という国指定の難病に犯されていました。障害児の親というのはどこも予想につくとおり苦難を抱えており、稲川淳二さんもそうでした。生まれつき重度の障害を抱えた次男を思うと、これからの次男の人生、支え続ける嫁のことを思うとつい手術前で病院のベッドに寝ていた次男を窒息死させようとしたことがあったそうです。

 

この時はなんとか思いとどまることができました。しかし、丸一日の手術を終えた次男はまだ生後4ヶ月の小さな体ながら、大手術を終えて頭は包帯だらけ、芦屋腕にはチューブが何本も刺さっていたそうです。この姿を見た時、稲川淳二さんはかなりの衝撃を受けたそうです。

 

苦しそうに呼吸をし、小さな体でボロボロになっても頑張っている次男の姿を見て、ベットにすがりついて何度も名前を呼んだそうです。実は、この時まで稲川淳二さんは次男のことを名前で呼んだことがなかったそうです。名前を呼べなかった理由を、「自分の中から抹消しようとしていた、心のどこかで拒絶していた」と語っています。

 

稲川淳二さんが想像した通り、「クルーゾン病」の特徴である歪んだ顔の次男と街を歩くと、よく奇異の目で見られていたそうです。このような経験を経て、稲川淳二さんはお笑いをやめ、バリアフリーの講演、街頭や駅で障害者に対する理解を訴えたり応援したりするようになったそうです。

 

 

怪談の語り手として有名な稲川淳二さんが障害者支援にとても力を入れていたのは、このような理由があったからなんですね〜。「クルーゾン病」である稲川淳二さんの次男の画像で唯一公開されているものがありました。

 

画像元:Rakutenブックス

 

2001年に出版された、稲川淳二さんの嫁・稲川尚子さんが、次男・稲川由輝さんとの生活を綴った手記の表紙です。稲川淳二さんの嫁・稲川尚子さんに抱かれているのが幼い頃の次男・稲川由輝さんです。手記の内容は、稲川尚子さんと次男・稲川由輝さんとの生活を明るく綴っていて悲壮感がまるでない内容です。

 

次男・稲川由輝さんは障害を持って生まれましたが、どんなことがあっても母・稲川尚子さんは味方なんだよという声が伝わってきます。こういった時、「母は強し」と言われますが母親が強いわけではなく、子供が母親を強くしてくれているのではないでしょうか。先天性とはいえ、障害を持った子に生んでしまったという母親としての葛藤の中で、それでも笑いかけてくれて小さな体で頑張って生きている子供の姿が母親を強くしているんでしょうね。

 

稲川淳二さんの次男・稲川由輝さんは先天性の病気とのことですが、「クルーゾン病」に関わらず心疾患だけでも先天性の病気の割合は100人に1人の割合だそうです。子供は健康に生まれてくること自体が奇跡的なことなんですね

 

稲川淳二の次男の死去の噂とは?

 

次男・稲川由輝さんは、「クルーゾン症候群」という国指定の先天性難病のため2013年に他界しています。噂ではなく若干26歳という若さで死去していました。これは、稲川淳二さん自身がインタビューに答えているため本当のことなのでしょう。

 

しかし、稲川淳二さんは仕事が多忙すぎるために自宅に帰ることがほとんどなかったそうです。そのため、嫁・稲川尚子さんは次男・稲川由輝さんが5歳の時に家を出て行ったきり別居状態でした。子供2人の子育てに加えて、1人は障害を持っているとなると夫婦での助け合いは必須ですよね。

 

家を出て行った嫁・稲川尚子さんの行動も致し方ないものでしょう。別居状態の中、次男・稲川由輝さんの様子は長男を通じて伝え聞くくらいだったそうです。次男・稲川由輝さんは26歳で亡くなるまで比較的楽な生活ができていたようです。楽と言っても「クルーゾン症候群」になっている人たちからすれば、ということですが。障害を持った中でも26歳まで生きられたのは嫁・稲川尚子さんの頑張りがあったことは確かでしょう。

 

まとめ

 

というわけで、今回は稲川淳二さんやお子さんについて見てきました!怪談の語り手として活躍している稲川淳二さんはプライベートが全く見えない印象でしたが、色々と苦労されていたのは初めてしりました。

 

障害者支援に精力的に取り組む背景には、次男・稲川由輝さんが障害を持っていたことが関係していたのですね。70歳を超えてもなお第一線で活躍されている稲川淳二さんのこれからの活躍から目が離せませんね!

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