薬師丸ひろ子の子供(娘)はささ?いるの?結婚は事実婚?玉置浩二?

女性芸能人
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今回の記事は、女優・薬師丸ひろ子さんについてです。若い頃は可憐な少女といった感じでしたが、現在は母親役も多く包容力がありそうなイメージの薬師丸ひろ子さん。薬師丸ひろ子さんの子供さんや結婚関係の話題などを色々とみていきたいと思います!

 

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薬師丸ひろ子の子供(娘)はささ?

 

調べてみたところ、そもそも薬師丸ひろ子さんには子供(娘)はいませんでした。薬師丸ひろ子さんが過去現在共に結婚、交際している方の中にも「ささ」と言う名前は確認できませんでした。薬師丸ひろ子さんの元夫である玉置浩二さんは、薬師丸ひろ子さんと結婚する前に一般人女性と結婚されていてお二人の間に子供もいるようです。しかし、この子供さんについては情報が一切公開されていないため、その方の名前が「ささ」という可能性も低そうです。

 

薬師丸ひろ子の子供(娘)はいるの?

 

先ほども説明したように、薬師丸ひろ子さんには子供(娘)はいません。元夫である玉置浩二さんとは1991年に結婚し、結婚期間は約8年間でした。その間にも子供は生まれていませんでした。結婚当時は、薬師丸ひろ子さんは人気絶頂の女優。一方、元夫・玉置浩二さんはロックバンド『安全地帯』のボーカル&リーダーを務めておりこちらも人気絶頂!ビッグカップルの誕生だと話題になりました。

 

 

薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さんの馴れ初めは、玉置浩二さんが薬師丸ひろ子さんの楽曲『胸の振子』を作曲したことだったそうです。芸能界ならではの出会いですよね!

 

薬師丸ひろ子の結婚は事実婚?

 

元夫・玉置浩二さんと離婚してから薬師丸ひろ子さんには、2001年から交際していて10年以上も事実婚と言われている男性がいるようです。お相手は、NHKのカメラマンの男性。出会いのきっかけは、2001年に放送されたNHKBSドラマ『コウノトリなぜ紅い』。このドラマで薬師丸ひろ子さんは主演を務め、お相手の男性は撮影を担当していたそうです。

 

 

2004年には、薬師丸ひろ子さんの東京都世田谷区の閑静な住宅街にある自宅に半同棲状態と報道がありました。すでに公的なものは終えているとの報道もありましたので、事実婚と言っても良いでしょう。薬師丸ひろ子さんの自宅は、2世帯造りですが半同棲となってからご両親は栃木県那須にある別荘へ移り、同居を解消。お相手の男性も薬師丸ひろ子さんの自宅の近所に借りていたアパートを引き払い荷物を移しているそうです。

 

事実婚となっている要因には、婚姻届を提出することでお互いの関係や気遣いなどに変化が生じることを薬師丸ひろ子さんが懸念しているかもしれませんね。お相手の男性はバツイチで子供もいるようなので、こちらもネックになっているのかもしれません。もしかするとコロナ禍の現在の状況で結婚に踏み切るなんとこともあるかもしれませんね!

 

薬師丸ひろ子と玉置浩二との関係は?

 

薬師丸ひろ子さんが元夫・玉置浩二さんと結婚されたのは27歳の時、1991年。結婚生活は約8年間で1998年に離婚されています。薬師丸ひろ子さんの34歳の誕生日パーティーで、玉置浩二さんが「今日で別れます」と宣言すると言う衝撃的な離婚発表でした。

 

離婚理由は語られていませんが、玉置浩二さんの女性関係が原因であったり、一部報道では薬師丸ひろ子さんの家族と玉置浩二さんの不和が理由として挙がっていました。玉置浩二さんは薬師丸ひろ子さんと結婚する前に一度結婚していますが、この1度目の結婚の破局が、玉置浩二さんの不倫が理由だったと噂されているだけにあり得そうですね。

 

その後、薬師丸ひろ子さんは事実婚の相手はいますが結婚はせず、玉置浩二さんはタレント・青田典子さんと2010年7月に結婚されています。

 

 

薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さんの離婚後の関係は良好なようで、玉置浩二さんは薬師丸ひろ子さん出演の映画の感想を語ったり、薬師丸ひろ子さんが「歌が上手い人」として玉置浩二さんの名前を挙げるなど。また、薬師丸ひろ子さんが自身のアルバムで玉置浩二さんの曲をカバーしています。仕事相手としての関係が合っていたのかもしれませんね。

 

薬師丸ひろ子はどんな人?

 

ここからは、そもそも、薬師丸ひろ子さんはどのような方なのかについてみていきたいと思います!

 

 

薬師丸 ひろ子(やくしまる ひろこ)さん

本名:薬師丸 博子

生年月日:1964年6月9日(56歳)

出生地:東京都渋谷区広尾

出身地:東京都港区北青山

身長:154.5 cm

血液型:A型

職業:女優、歌手

引用元:Wikipedia

 

共働きの両親の元に誕生し、厳格な祖母の元で厳しく躾されて育ちました。おっとりとした印象がありますが、小学生の頃は、足も速くてクラス委員をする活発な子供だったそうです。

 

芸能界入りのきっかけは、薬師丸ひろ子さんの写真を偶然撮った方が、薬師丸ひろ子さんに内緒で『野性の証明』の長井頼子役選考オーディションに応募。1978年当時、中学1年生(14歳)だった薬師丸ひろ子さんがオーディションで選ばれてで角川映画第3弾『野性の証明』で映画デビューを果たしました。この時、真っ黒に日焼けしていたためあだ名は「フライパン」だったそうです。

 

その後、1981年の映画『セーラー服と機関銃』で主演を務め、主題歌も大ヒット!一躍人気女優・アイドルへの道を歩み始めました。

 

 

実は1981年の映画『セーラー服と機関銃』の後すぐに引退を考えていたそうですが、所属している事務所が辞めないように次々と仕事を入れて引退できなかったそう。しかし、映画のみの出演でドラマに出演せず、理由はテレビに出演すると不特定多数に認知され、注目されることが耐えられなかったとのこと。角川映画の中心的存在として人気の頂点を極めていき、21世紀に入ってからは母親役など、シリアスからコメディな役まで主演・助演の両方をこなすベテラン女優となっています。

 

プライベートでは、1991年に歌手・玉置浩二さんと結婚しますが、1998年に離婚。元夫・玉置浩二さんと離婚後は、2001年に出会ったNHKのカメラマン男性と交際をスタート。交際期間も長く、現在は事実婚状態だと言われています。

 

母親役としてお馴染みである薬師丸ひろ子さんに子供がいなかったことは少し驚きですね。溢れ出る母性は長い女優歴で培ったものなのでしょう。もうすぐ還暦を迎えますが事実婚のお相手との間に子供ができる可能性も否定はできません!薬師丸ひろ子さんのプライベートにも女優業の活躍からも目が離せませんね。

 

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