加藤ローサの子供について知りたいという方は多いと考えられます。ゼクシィのCMで日本中を魅了したイタリアハーフの女優・加藤ローサさんは、現在2人の息子を育てるお母さんでもあります。
加藤ローサの子供は何人いるのかというと、息子が2人で娘はいません。加藤ローサの息子のうち長男はフランスで生まれ、次男は日本で誕生しており、2人はまったく異なる個性を持つ兄弟として知られています。
加藤ローサの年齢は2026年現在で40歳を迎え、子育てに注いできた30代を経て仕事復帰が本格化しています。加藤ローサの現在はドラマへの出演が相次ぎ、女優としての存在感をあらためて示しています。
この記事では、加藤ローサの娘がいない理由や息子2人のプロフィール、フランスやブルガリアでのワンオペ育児の苦労、学校にまつわる噂、そして離婚後も続く独自の家族の形まで、気になる情報を詳しくまとめています。子育てと仕事を両立しながら新しい生き方を歩む加藤ローサさんの素顔に迫っていきましょう。
加藤ローサの子供は何人?息子たちのプロフィール・年齢・学歴まとめ
この記事では、加藤ローサさんの子供は何人いるのか、息子さんたちの年齢や学校、家族構成について、以下の項目を見ていきたいと思います。
- プロフィールと学歴|イタリアハーフ女優の基本情報
- 子供は何人いる?息子2人の性別と人数を確認
- 娘はいない?息子のみの家族構成を解説
- 息子・長男の年齢と現在|誕生からフランス出産の経緯
- 息子・次男の年齢と現在|サッカーへの情熱と将来の夢
- 子供が通う学校はどこ?帝京・成城など学歴の噂を検証
プロフィールと学歴|イタリアハーフ女優の基本情報
加藤ローサさんといえば、あのゼクシィのCMで日本中を虜にした女優・モデルとして知られています。ここでは、加藤ローサさんの基本的なプロフィールと学歴について、生い立ちのエピソードも交えながらたっぷり紹介していきます。

イタリア人の父と日本人の母を持つハーフとして独特のバックグラウンドを歩んできた彼女のルーツを知ると、その魅力がさらに深まるかもしれません。
基本プロフィール一覧
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 加藤 ローサ(かとう ローサ) |
| 生年月日 | 1985年6月22日 |
| 出生地 | 神奈川県 |
| 出身地 | 鹿児島県 |
| 身長 | 160cm |
| 血液型 | A型 |
| 父親の出身 | イタリア・ナポリ |
| 母親の出身 | 日本人 |
| 芸能活動開始 | 2001年(高校1年生) |
| 所属事務所 | T.PERSONAL |
名前のローサはイタリア語で薔薇を意味します。よくローザと間違えられることがありますが、正しい読み方は濁らないローサです。これは南イタリア、とくに父方の出身地であるナポリ地方では語尾を濁らずに発音する慣習があるためで、名前自体は父方の祖母から受け継いだとされています。
愛称はロッチン、ロックンと呼ばれることもあります。
イタリアのナポリで過ごした幼少期
加藤ローサさんは神奈川県で生まれ、その後6歳になるまでイタリア・ナポリで暮らしていました。父親がイタリア人、母親が日本人という環境で育ち、幼い頃からイタリア語が日常語だったというのは、他の芸能人にはなかなかない特別な生い立ちです。
帰国した当初は日本語がほぼ話せない状態だったそうですが、保育園での数カ月の間に、イタリア語を忘れる代わりに日本語を急速に習得していったといいます。子供の言語吸収力の高さを実感させるエピソードです。母親との二人暮らしがスタートした鹿児島では、自然豊かなとても田舎の環境の中で育ちました。
屋根に登ったり水着に着替えて水たまりに入ったりと、当時は活発で自由奔放な子供だったと加藤ローサさん自身も語っています。
小学校時代の転校体験と性格の変化
鹿児島の小さな小学校に通っていた頃は、クラスが10人規模というほどの少人数環境でした。男女の区別もほとんどなく目の前で着替えるのが当たり前という環境だったそうで、加藤ローサさん本人も後にテレビ番組で、自分が女の子だということに気がついていなかったと明かしています。
性別という概念すら意識しないまま毎日を過ごせた、ある意味でとても自由な環境だったのかもしれません。
転機は小学4年生のとき。マンモス校への転校によって、一気に6クラス規模の学校に飛び込むことになります。女の子が先に着替えてから男の子が着替えるという当たり前のルールを目の当たりにして、初めて人間が男女に分かれているということを実感したそうです。
この経験が加藤ローサさんの人格形成に大きく影響したようで、それまでの活発さとは打って変わって、そこからずっと内気な子供になっていったと振り返っています。
鹿児島西高校から上京、モデルデビューへ
加藤ローサさんの学歴として知られているのが、鹿児島県立鹿児島西高等学校商業科への進学です。鹿児島市内の公立高校で、2003年3月に卒業しています。高校を卒業するまでは鹿児島市に住み続けており、地元からの上京を選んだのは卒業後のことでした。
モデルデビューのきっかけは高校1年生のとき。横浜に住む従姉妹に誘われて受けたオーディションに合格したことが始まりです。母子家庭のなかで懸命に働いてきた母親が、節目節目に人生で大切なことを伝えてくれたと加藤ローサさんは語っています。
20歳の誕生日に「人生失敗の3大要素」というタイトルのメールで、ギャンブルと酒・異性・借金の連帯保証人の3つを送ってきたというエピソードは、インタビューでも笑いを交えながら紹介されています。
女優・タレントとしてのキャリア
2003年に上京した後、2004年にリクルートのゼクシィのCMに出演したことが加藤ローサさんの芸能キャリアにおける最大の転機です。真っ白なウェディングドレスに包まれたあの笑顔は、当時のお茶の間に強烈な印象を残しました。
アラサー・アラフォー世代を中心に、今でもあのCMの映像を鮮明に覚えているという人は多いです。
同年からはNHK教育テレビのイタリア語会話にレギュラー出演し、タレントとしての活動も本格化しています。翌2005年1月には映画東京タワーで映画デビューを飾り、その後は1年間に6本の映画へ出演するなど精力的に活躍しました。
2006年には映画いちばんきれいな水で初の単独映画主演を果たし、2007年にはテレビドラマ女帝で連続ドラマ初主演の座もつかんでいます。書道7段という特技を持つことや、ご当地キティを集めるのが趣味であることなど、意外な一面も持っています。
2011年の結婚・出産を機に芸能活動を一時休止し、2014年ごろから少しずつ復帰。2021年にはNHKドラマのきれいのくにで10年ぶりに地上波ドラマに登場し、2026年にはテレビ東京系の婚活バトルフィールド37で主演を務めるなど、現在も女優として第一線で活躍しています。
子供は何人いる?息子2人の性別と人数を確認
加藤ローサさんには2人の子供がいます。2人とも男の子で、長男さんと次男さんの兄弟です。フランスやブルガリア、ポーランドといった複数の国での生活を経験しながら育ち、それぞれまったく異なる個性を持つ兄弟として知られています。

ここでは2人の息子さんの誕生秘話や個性、学校にまつわる噂まで、知られているエピソードをたっぷりまとめていきます。
息子2人の基本情報
| 項目 | 長男 | 次男 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 2011年12月13日 | 2014年2月5日 |
| 出生地 | フランス | 日本(鹿児島) |
| 年齢(2026年時点) | 約14歳 | 約12歳 |
| 似ている親 | 加藤ローサさん似 | 松井大輔さん似 |
| 性格 | 物静か・インドア系 | 活発・社交的 |
加藤ローサさんがイタリア人の父と日本人の母を持つハーフであることから、2人の息子さんはイタリア系と日本人のクォーターになります。日本人ではなかなか経験できない国際的な環境の中で育ってきた2人で、その経験が個性の形成にも影響していることが伺えます。
長男はフランス・ディジョンで誕生、難産の裏側
長男さんは2011年12月13日、フランス時間の朝6時30分に生まれました。出産地は、当時松井大輔さんが所属していたフランス・ディジョンです。出産には2日間もかかったという難産で、加藤ローサさん自身も様々なインタビューでそのときの大変さを振り返っています。
フランスでは出産から入院費、無痛分娩の麻酔代に至るまですべて無料だったそうで、制度面では恵まれていました。ただ、フランスでは赤ちゃんに最初に与えるのは必ず初乳という文化があり、なかなかミルクをもらえずに苦労したというエピソードは有名です。
フランス語がうまく話せなかった加藤ローサさんが、子供の体重が減り続けていることへの不安をついに抑えきれず大泣きしたところ、それまでぶっきらぼうだった看護師さんたちが急に優しくなってミルクをすぐに出してくれたという場面は、思わず笑えるハプニングとして語られています。
また、フランスでは生まれたての赤ちゃんをすぐには洗わないという文化があったそうで、羊水というコーティングで包まれているから大丈夫というドクターの言葉に驚いたとも話しています。
出産後に長男さんを抱いた最初の写真は見た目がきれいでなかったと笑いながら明かすエピソードは、加藤ローサさんのサバサバとした語り口をよく表しています。
長男さんはフランス以降、ブルガリア、ポーランドと1年ごとに転々とする生活を続け、1歳の誕生日はブルガリアで、2歳の誕生日はポーランドで迎えたとされています。その後、松井大輔さんがジュビロ磐田に加入したことで帰国し、静岡県浜松市での生活がスタートしました。
次男は日本・鹿児島で誕生、パパそっくりの社交家
次男さんは2014年2月5日に生まれました。出産地は日本の鹿児島で、フランス生まれの長男さんとは対照的に国内での出産でした。出産後には育児雑誌のニナーズの表紙に赤ちゃんの次男さんと一緒に登場したこともあり、当時から注目を集めていました。
次男さんが生後5カ月ごろからボールを転がすだけでゲラゲラ笑っていたというエピソードは、父親の血が確実に受け継がれていることを感じさせます。長男さんが4歳になってもサッカーボールをほとんど追いかけなかったのと比べると、兄弟でこれほど違うのかと驚くほどの対照ぶりです。
性格は父親の松井大輔さんそっくりで、誰とでもすぐに仲良くなれる社交的なタイプ。感情表現が豊かで、大人からも子供からも好かれるコミュ力の持ち主だと加藤ローサさんは語っています。
小学3年生のころには一人でカウンターのラーメン屋デビューを果たしたというのも、その自立心と社交性をよく表しているエピソードです。
地元の少年サッカーチームに所属して活動しており、加藤ローサさんはスコア付けや試合の応援、送迎などをこなすサッカーママとして奔走してきました。インスタグラムで送迎BBAと自虐的に投稿しながらもその活動を楽しんでいる様子が伝わってきます。
2025年春には13歳で親元を離れ、寮生活をスタートさせました。サッカーを続けるために東京のクラブチームへの入会試験を受ける予定でしたが、試験直前に骨折するというアクシデントが発生。その流れで地方の学校を本人が自分で選び、受験を決めたという経緯があります。
加藤ローサさんは18歳まで一緒にいるつもりでいたのに、と笑いながら語っており、思いがけず早く訪れた卒母の実感を口にしていました。
2人の息子が通う学校の噂、帝京小学校説が有力
息子さんたちが通う学校について、加藤ローサさんから公式に校名が語られたことはありません。ただ、ネット上では複数の学校名が候補として取り上げられており、なかでも東京都板橋区にある帝京大学小学校が最も有力視されています。
この説が広まった背景には、いくつかの状況の一致があります。2020年のコロナ禍に加藤ローサさんが子供のオンライン入学式に参加したとインスタグラムに投稿しており、同時期に帝京小学校もオンラインで入学式を実施していたという点が重なっています。
さらに2021年7月14日に子供が登山遠足に行くと加藤ローサさんが投稿した日付と、帝京小学校のホームページに掲載された3・4年生の高尾山遠足の日付が一致することも、この説を後押しする根拠として語られています。
帝京という名前が候補に挙がるもうひとつの理由として、帝京高校がサッカーの名門校として知られていることも影響しているようです。サッカー少年の次男さんを育てる加藤ローサさんが、将来的なサッカー環境も考慮して学校を選んだのではという推測です。
また、帝京には中学校も併設されているため、現在中学生の長男さんがそのままエスカレーター式で進学している可能性も十分にあります。
成城学園初等学校、青山学院初等部、和光学園なども芸能人の子供が多く通う学校として候補に挙がっていますが、帝京説ほど具体的な状況の一致は確認されていません。
加藤ローサさん自身が東京は学校の選択肢が多いと語っていたこと、子供の転校を避けるために松井大輔さんの移籍に帯同しないという方針を持っていたことから、現在は東京都内の私立学校に通っている可能性が高いと見られています。
娘はいない?息子のみの家族構成を解説
加藤ローサさんといえば男の子2人のママとして広く知られていますが、「実は娘もいるの?」と思っている方は意外と多いんです。結論からいうと、加藤ローサさんの子供は男の子が2人だけで、娘はいません。2011年に元夫の松井大輔さんと結婚してから現在に至るまで、その点は変わっていませんよ。
息子が2人、娘はいない
加藤ローサさんのお子さんは2011年12月に生まれた長男と、2014年2月に生まれた次男の合計2人。どちらも男の子です。その後に第3子についての公式な発表はなく、娘がいないことは確かです。
ネット上では「第3子妊娠はあるの?」「女の子も欲しいと思っているのでは?」という声が定期的に浮かびます。
これは特定の発言を根拠にしたものではなく、2人の息子の個性がまるで正反対であることや、加藤ローサさんが自身の子育てについて語る際に「女の子はどんな感じなんだろう」とふと想像するようなニュアンスを匂わせる場面があったことが背景にあるようです。
加藤ローサさんは1985年6月22日生まれで、2026年現在は40代に差し掛かっています。年齢的な側面や、2025年8月に離婚を公表した現在の生活スタイルを考えると、新たにお子さんが生まれるというシナリオはなかなか現実的とは言いにくいかなという雰囲気があります。
ただ、加藤ローサさんは離婚後も元夫と同じ家で暮らしているという特殊な状況にあるため、今後の展開は本人にしかわからないとも言えます。
加藤ローサさんの現在の家族構成
2025年8月、日本テレビ系バラエティ番組への出演の際に松井大輔さんとの離婚を公表した加藤ローサさん。ただ、離婚後も同居を続けているという点が大きな話題になりました。
「親としての役割を果たしたいから」「永久的に一緒に住むつもりはない」という加藤ローサさんの説明からは、子供たちへの配慮が最優先にあることが伝わってきます。
| 続柄 | 現在の年齢(目安) | 特徴 |
|---|---|---|
| 加藤ローサ(本人) | 40歳(2026年時点) | 女優・タレント。イタリア人の父と日本人の母を持つハーフ |
| 長男 | 約14歳 | フランス生まれ。落ち着いたインドア系で加藤ローサさん似 |
| 次男 | 約12歳 | 日本生まれ。サッカー好きで松井大輔さん似 |
| 松井大輔(元夫) | 約44歳 | 元プロサッカー選手。引退後は離婚後も同居中 |
現時点での家族構成は、離婚した元夫を含めた4人という形になっています。それぞれが自分のペースで動いているというのが実態で、加藤ローサさん自身が語るように「みんなバラバラに行動している」という場面も多いようです。
息子2人はクォーターという事実
加藤ローサさんの父親はイタリア人、母親は日本人です。そのためローサさん自身がハーフであり、元夫の松井大輔さんが日本人であることから、2人の息子たちはイタリア・日本のクォーターということになります。
名前や顔の画像は非公表になっていますが、長男は加藤ローサさん似の目元をしているとされていて、「きっとイケメンに違いない」という声がSNSでよく見られます。次男は松井大輔さん似の顔立ちと性格で、誰とでもすぐに打ち解けられるコミュ力の高い子に育っているといいます。
クォーターという背景もあって、2人の息子たちは日本だけでなくフランス・ブルガリア・ポーランド・静岡・ベトナム・東京と多くの地を経験しながら成長してきました。こうした環境が、2人の国際感覚や柔軟な適応力に影響を与えているといえそうです。
ひとりっ子として育った加藤ローサさんが語る男の子育ての本音
加藤ローサさん自身は一人っ子で、かつ母子家庭で育った環境にありました。そのため、兄弟がいる家庭での子育ては未知の連続だったといいます。
2025年の放送番組でのトークでは「兄弟ゲンカの止め方がわからない」と打ち明ける場面があり、「ずっと取っ組み合いしているんだけど、何か学んでいるのかもしれない。どうしよう? わかんないの、タイミングとか」と困り果てた様子を正直に語っています。
この発言には、同じくひとりっ子の親御さんたちから大きな共感の声が寄せられました。
男の子が2人いて、娘がいない家庭という構成について、加藤ローサさんが不満を口にしたり「女の子が欲しかった」と明言したりしている情報は現時点では確認されていません。
むしろ、2人の息子のそれぞれ全く異なる個性を楽しみながら、ときに振り回されながら、愛情深く向き合ってきた姿がさまざまなインタビューから伝わってきます。
育ち盛りの男の子と内食中心の生活
加藤ローサさんの家庭は「家族全員が忙しい」という状況のなか、外食より内食が中心になっているといいます。育ち盛りの男の子が2人いることから、食事のメニューはガッツリ系になりがちとのこと。
子供たちが自分で買って食べられるようになった現在は、ローサさんが不在でも生活が回るようになってきているとのことです。
娘がいないことで「女の子向けのファッションや育児を楽しめない」という面はあるかもしれませんが、加藤ローサさんの子育てインタビューからは常に「この子たちらしく育ってほしい」というスタンスが感じられます。
性別に関わらず、子供自身がやりたいことを自分で選び取る力を大切にする育て方が、2人の息子たちの自立心を育んでいるように思えます。
息子・長男の年齢と現在|誕生からフランス出産の経緯
加藤ローサさんの長男については、フランスでの出産エピソードや現在の成長ぶりを知りたいという方が多いと考えられます。長男は2011年12月13日にフランスで誕生した、現在10代の男の子です。
誕生までには2日間に及ぶ難産という経緯があり、加藤ローサさん自身が何度もそのエピソードを振り返るほど印象深い出来事だったことがわかります。
長男誕生の基本情報
長男の名前は公表されていませんが、生まれた日時・場所については加藤ローサさんがメディアで語っています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 2011年12月13日 |
| 出生時刻 | フランス時間・朝6時30分 |
| 出生地 | フランス(ディジョン近郊) |
| 出産時の加藤ローサさんの年齢 | 26歳 |
| 2026年現在の年齢 | 約14歳 |
| 学年(目安) | 中学2年〜3年生 |
誕生日の2011年12月13日は、加藤ローサさんが松井大輔さんと結婚した年の誕生日から約半年後にあたります。結婚から比較的早いタイミングでの出産だったことや、フランスという異国の地での出産という特別な状況が、長男の誕生を特別なものにしています。
2日間に及んだフランスでの難産
加藤ローサさんが長男を産んだのは、フランスの田舎町にある総合病院です。当時、松井大輔さんはフランスのサッカークラブに所属しており、加藤ローサさんは妊娠8ヶ月の段階でフランスに渡りました。
陣痛が始まってから赤ちゃんが産まれるまでに、なんと2日間もかかったというのがこの出産の最大のエピソードです。無痛分娩を選択していたとはいえ、言葉が満足に通じない国で、知り合いも家族も近くにいない状況での2日間の出産がどれほど心細かったか、想像するだけで胸に来るものがあります。
フランスでは妊娠中の体重管理が日本のように厳しくなく、好きなものを食べていい文化だったために、加藤ローサさんは妊娠中に20キロ近く体重が増えたといいます。その結果として妊婦糖尿病になったことも話しており、産後の入院中に8キロ落ちたものの、残りは産後3ヶ月かけて体に戻ったといいます。
フランスの医療文化で感じたカルチャーショック
出産後の入院生活でも、日本との違いに何度もカルチャーショックを受けたと加藤ローサさんは話しています。フランスでは「赤ちゃんに最初に与えるのは絶対に初乳」という文化が根付いており、母乳がなかなか出ない状態でも病院側はなかなかミルクを提供してくれませんでした。
赤ちゃんの口がカラカラになっていくのを目の当たりにしながら、言葉が通じないなかで看護師に必死に訴え続けた末、大泣きしたことでようやくミルクを出してもらえたというエピソードは特に印象的です。
そのとき看護師が加藤ローサさんを抱きしめてくれたという話も語られており、「海外では意思をはっきり主張しないと通じない」ということをこの経験から学んだと言っています。
入院中の食事についても、りんご1個にパン1枚、ときどきチーズというシンプルなものだったとのことで、「私、何か悪いことでもしたかな?」と思ったほどだったといいます。
また、フランスでは退院まで一度も赤ちゃんの身体を洗わない習慣があるとのことで、生まれたばかりの写真が「きれいじゃなかった」と笑いながら振り返っています。ちなみにフランスでは出産費用は無痛分娩の麻酔代を含めてすべて国が負担するシステムになっており、医療費の面では日本と大きく異なります。
幼少期のめまぐるしい移住生活
長男は生後まもなく、フランス・ブルガリア・ポーランドと毎年のように生活する国が変わるという環境に置かれていました。1歳の誕生日はブルガリアの首都で、2歳の誕生日はポーランドで迎えています。
その後、日本に帰国してからは静岡県浜松市を拠点にした生活が始まりました。松井大輔さんがジュビロ磐田に所属していた2014年から2017年ごろの話で、長男はこの頃に幼稚園生活を送ったとみられています。
静岡県浜松市の青葉幼稚園に通っていたのではないかという噂があり、その根拠として加藤ローサさんが地域の行事「浜松祭り」に参加したインスタグラムの投稿や、近隣住民の目撃情報が挙げられています。
さらに2021年には松井大輔さんがベトナム・サイゴンFCに所属したことで、一家はベトナムでの生活も経験しています。長男にとってはフランス生まれ・複数ヶ国在住という、かなり国際的な幼少期を送ったことになります。
長男の現在の性格と趣味
幼い頃の長男は一歩外に出るとどこにでも走っていってしまうほど落ち着きがなく、加藤ローサさんが「次男を背負いながら長男を追いかけ回す日々」と語るほどのやんちゃな子だったといいます。
しかし成長するにつれて、その行動力は強い好奇心からくるものだったと加藤ローサさんは分析しており、現在の長男はアニメや漫画が大好きな落ち着いたインドア系の男の子に育っています。
映画が好きで、小学4年生ころからはひとりで映画を選んで観るようになったとのこと。勉強もきちんとこなすタイプで、顔立ちも性格も加藤ローサさん似といわれています。
父親の松井大輔さんに対して「お父さん、それ今言っていることおかしくない?」とロジカルに追及するエピソードもあり、「パパよりも大人かもしれない」と加藤ローサさんが話す場面もあるほどです。
一方でサッカーへの関心は次男と比べると薄く、幼い頃にサッカーボールを転がして遊ばせても全く興味を示さなかったといいます。
4歳になっても「ボールを追いかけるのが好きじゃない」と加藤ローサさんが語っていたように、サッカー選手の父を持ちながらも、長男の関心は電車や宇宙、そしてアニメ・映画の世界に向いていました。
長男の通う学校についての噂
現在中学生の長男が通う学校については一切公表されていませんが、帝京大学小学校が有力視されています。その理由としてよく語られるのが複数の状況の一致です。
2020年のコロナ禍に加藤ローサさんがインスタグラムで子供のオンライン入学式について触れており、同じ時期に帝京大学小学校がオンラインで入学式を行っていたという点。
さらに2021年7月14日、加藤ローサさんが子供の「登山遠足」についてインスタグラムに投稿した日付と、帝京大学小学校のホームページに掲載された高尾山への登山遠足の記事の日付が一致しているという点も話題になっています。
帝京高校はサッカーの名門校としても有名であることから、父親が元プロサッカー選手という背景を持つ家庭として帝京グループの学校を選んだのではないかという推測も広まっています。帝京大学小学校には中学も併設されているため、現在はそのままエスカレーターで中学に進んでいる可能性もあるとみられています。
一方で、成城学園や青山学院、和光学園といった芸能人の子供が多く通うとされる名門私立校ではないかという見方も根強くあります。加藤ローサさんが「東京は学校の選択肢が多くて迷う」と語っていたこともあり、セキュリティがしっかりした都内の私立校に通っているという方向性はほぼ間違いないといえます。
長男と加藤ローサさんの今の親子関係
思春期に入った長男と加藤ローサさんの関係は、加藤ローサさん自身がとても大切にしている時間だと話しています。加藤ローサさんが誕生日の朝に「こんなに大きくなってかわいい、かわいい。愛しているよ」と伝えたところ、長男が無言でいたのに対して「うん、ありがとう。もっと好きだよ」と返すと。
長男が「俺なにも言ってないけど」と言い、加藤ローサさんが「感じた」と答えたというエピソードは、読んでいてほっこりするやり取りです。
幼い頃は少し捻くれているところがあったという長男が、思春期に入ってからは素直で甘えん坊な面を見せるようになってきたとのこと。加藤ローサさんは「こんなふうに甘えてくれるのも最後かな」とこの時間を大切にしているといい、長男との関係がいい時期にあることが伝わってきます。
息子たちが手を離れていくのは寂しい反面、成長をそばで見守ってきた母親としての喜びも大きいのだろうなと感じます。
息子・次男の年齢と現在|サッカーへの情熱と将来の夢
加藤ローサさんの次男は2014年2月5日生まれで、2025年時点では11歳になります。父の松井大輔さんに顔も性格もそっくりと言われる次男は、生後5か月の頃からボール遊びに夢中になるほどサッカーへの素質を早い段階で見せており、現在も少年団チームで熱心にプレーを続けています。
将来プロサッカー選手になることを目標に日々成長する次男の姿を、加藤ローサさんのエピソードとともに詳しくたどってみましょう。
生後5か月でボールに夢中になった天性のサッカーっ子
加藤ローサさんによると、次男はまだ生後5か月の頃、ボールを転がすだけでゲラゲラ笑いながら夢中になっていたといいます。これが長男との大きな違いで、長男のほうは4歳になっても「ボールを追いかけるのが好きじゃない」状態が続いていたそうです。
同じ親から生まれても、これほどの違いが出るというのはなかなか面白いです。
松井大輔さんという元日本代表選手を父に持ち、長男が誕生した際にお祝いでもらったサッカーボールを与えてみたところ、次男だけが即座に反応したというエピソードは、多くのインタビューで語られています。
加藤ローサさんは「次男はボールが好きで、5か月くらいから転がすだけでゲラゲラ笑ってた」と振り返っており、この段階からすでにサッカー選手としての素地が育まれていたのかもしれません。
その後も幼少期から地元の少年団チームに加入してサッカーを続けており、プロを目指すという明確な目標を持ちながら練習に励んでいます。
「上手くなってサッカー選手になるというよりは、遊びの延長のような感覚」と加藤ローサさんが表現するように、サッカーそのものを純粋に楽しむ姿勢が次男の大きな魅力のひとつです。
顔も性格も父親そっくり、コミュ力最強のムードメーカー
長男が加藤ローサさん似の穏やかなインドア系なのに対し、次男は松井大輔さんに顔も性格もそっくりと言われることが多いです。誰とでもすぐに打ち解けられるコミュニケーション能力の高さや、感情表現の豊かさはまさに父親譲りで、子供同士だけでなく大人からも自然と愛されるキャラクターに育っています。
加藤ローサさんは次男のことを「遊びの天才」と称しており、「誰からも好かれる面白い子」と目を細めるように語っています。素直さと感情の豊かさを持ち合わせたその性格は、チームスポーツであるサッカーにおいても大きな武器になることでしょう。
自立心の旺盛さも次男の特徴で、小学3年生の頃には一人でカウンターラーメン店に入ってラーメンを食べたというエピソードがあるほどです。2人の主張をすべて受け入れようとしてきた加藤ローサさんの育て方が、こうした積極的な性格をかたちづくったのかもしれません。
将来サッカーで壁にぶつかったとき、この精神的なたくましさが大きな力になりそうです。
地元少年団と加藤ローサさんのサッカーママぶり
現在、次男は地元の少年団チームに所属してサッカーを続けています。そこで加藤ローサさんはマネージャー的な役割を担い、試合のスコアをつけたり、応援に駆けつけたりと全力でサポートしています。
インスタグラムでは自分を「送迎BBA」と自虐的に紹介しながらも、その言葉の裏には次男への深い愛情がしっかり伝わってきます。
次男が強いチームに移ってから、加藤ローサさんは「幼稚園からずっと見ていたはずなのに、今の強いチームに移ってから、練習内容やコーチのお話がさっぱりわからない」と語っており、次男のサッカーの世界が本格的になってきたことへの驚きを隠せない様子です。
幼い頃から横で応援し続けてきた親が「理解できるレベルを超えた」と感じるほど成長した、ということですから、これは相当なものです。
松井大輔さんはといえば、「コネや色眼鏡じゃなく、本人の実力を見てもらおう」という方針のもと、息子への技術指導はチームのコーチに一任しているようです。トップ選手として活躍してきた父親でも子供への過干渉を避けるこの姿勢は、次男が自分の力で道を切り開く力を養うことに繋がっています。
父の引退試合でボールボーイを務めた特別な一日
2024年12月15日、松井大輔さんの引退試合が行われ、次男はボールボーイとしてその場に立ち会いました。加藤ローサさんは「サッカー選手としてもパパに憧れている彼はウキウキしてました」と、その日の次男の様子を嬉しそうに伝えています。
父親の晴れ舞台に直接参加できた経験は、次男にとってかけがえのない思い出になったことでしょう。
長年にわたってプロとして戦い続けてきた父の引退の瞬間を最前線で見届けながら、自分もいつかピッチに立つという夢を改めて燃やした一日だったはずです。父と息子がサッカーというフィールドで交わったこのシーンは、加藤家にとって語り継がれる記念日になったと思います。
サッカーの夢とジュニアユースへの挑戦、そして寮生活へ
次男はジュニアユースへの進学を意識する年齢に差し掛かっており、加藤ローサさんも松井大輔さんも息子の次のステップを真剣に考えています。一方で、松井さんが「コネを使わず本人の実力で評価してもらいたい」と語っているように、父親の名前を使って有利にチームに入ることは考えていない様子です。
実力主義でサッカーと向き合うという家庭の方針が、次男の将来をより確かなものにしようとしているように見えます。
また、ある時期に次男が親元を離れて地方の学校で寮生活を送ることになったというエピソードも伝わっています。もともと東京のクラブチームへの挑戦を考えていたところ骨折というアクシデントが重なり、結果として地方の学校を体験入学することになったそうです。
そこでパワー漲る男子たちの雰囲気にすっかり引き込まれ、本人の強い意志で受験・進学を決めたとのこと。加藤ローサさんは「18歳まで一緒に暮らす心づもりでいたのに」と笑いながら語っており、子供の成長の速さに驚いている様子が伝わってきます。
子供が通う学校はどこ?帝京・成城など学歴の噂を検証
加藤ローサさんの2人の息子が通う学校については、本人からの公式なアナウンスは一切なく、ファンやメディアの間でさまざまな候補が語られています。帝京大学小学校をはじめ、成城学園や青山学院など複数の名門私立校の名前が浮上しており、それぞれに状況証拠とも言えるエピソードが存在しています。
気になるところです、実際どの学校なのか。各説の背景と根拠を丁寧に掘り下げていきます。
幼稚園時代は静岡県浜松市の青葉幼稚園が最有力
小学校以前の話を整理すると、松井大輔さんが2014年から2017年までジュビロ磐田に所属していたため、この時期に加藤ローサさんは静岡県浜松市に在住していました。この時期の長男および次男が通っていた幼稚園として、浜松市内にある青葉幼稚園の名前が多く挙げられています。
青葉幼稚園は園舎が複数あり、設備が整っているだけでなく防犯カメラなどセキュリティ面での配慮も行き届いています。イモ掘りやサッカー教室など多彩なイベントや習い事プログラムも充実しており、サッカー一家にとって親しみやすい環境であることも候補に挙がる理由のひとつです。
加藤ローサさんが子供の送り迎えをしている姿が目撃されたという情報や、同じ幼稚園に通う保護者の間でも評判が高かったという声があることが、この説を裏付けています。
加藤ローサさん自身も浜松市内の「浜松祭り」に参加したことをインスタグラムに投稿しており、浜松での生活が確実に存在したことはわかっています。そうした生活圏から考えると、青葉幼稚園または周辺の幼稚園に通っていた可能性はかなり高いとみられています。
帝京大学小学校説を後押しする2つの一致
小学校の候補として最も有力視されているのが、東京都板橋区に位置する帝京大学小学校です。この説が広まったのには、時期と状況の一致というポイントが大きく関係しています。
まず1つ目は、2020年のコロナ禍での出来事です。加藤ローサさんがインスタグラムに「子供のオンライン入学式に参加した」という投稿をしたことがあり、ちょうど同じ時期に帝京大学小学校もオンライン形式で入学式を実施していました。この同時期の動きが一致しているとして注目を集めました。
そして2つ目が、より具体的で話題になったエピソードです。2021年7月14日、加藤ローサさんが「子供が登山遠足に行く」とインスタグラムで明かしました。
帝京大学小学校のホームページには同じ7月14日に3・4年生の合同高尾山登山遠足の記事が掲載されており、緊急事態宣言によりセカンドスクールが延期になった代替行事として実施されたという特殊な経緯まで一致していたのです。
| 時期 | 加藤ローサさんの発信内容 | 帝京大学小学校の動き |
|---|---|---|
| 2020年春 | 子どものオンライン入学式に参加したと投稿 | オンラインで入学式を実施 |
| 2021年7月14日 | 子どもが登山遠足に行くと投稿 | 3・4年生が高尾山へ合同登山遠足 |
この2点が重なったことで、帝京大学小学校説はかなり信憑性が高いと受け取られるようになっています。さらに帝京といえばサッカーの強豪校として知られており、サッカーに情熱を持つ次男のために松井大輔さんが選んだという見方も広まっています。
帝京大学小学校から帝京中学校、帝京高校へとエスカレーター式に進める環境は、転校を繰り返してきた息子たちの学校生活を安定させたいという加藤ローサさんの思いとも合致するかもしれません。
成城学園・青山学院・和光学園など名門校の可能性
帝京説の一方で、芸能人の子供が多く通う都内名門私立校という見方もあります。候補として名前が挙がることが多いのが、成城学園初等学校、青山学院初等部、和光学園、そして慶應義塾幼稚舎などです。
これらの学校が候補に挙がるのには、プライバシー配慮の文化が根付いているという背景があります。有名人の親を持つ子供にとって、過度な注目を浴びずに通常の学校生活を送れる環境は非常に重要で、そうした環境が整っている私立校を選ぶというのは芸能界ではよくある選択です。
セキュリティ水準の高さや、同じ立場の家庭が多いことによる情報共有のしやすさも、芸能人親が名門私立を選ぶ理由のひとつに挙げられています。
また、2025年4月のインスタグラムでは、加藤ローサさんが学校訪問の際のファッションとして上品なパールのアクセサリーを合わせたスタイルを披露し、「パールをつけがちな私です」とコメントしていました。
このスタイリングが富裕層の家庭が多く集まる名門私立校の雰囲気にぴったりだとして、名門私立校説を後押しする声もあります。
加藤ローサさんが明かしていた学校選びの苦悩
2019年のインタビューで加藤ローサさんは、東京での学校選びについて「東京は選択肢が多いので、小学校選びで頭がいっぱい。小学校を変わるのは大変なので、もうついていかない。東京で待っていようかな」と正直に語っています。
フランスやブルガリア、ポーランドから帰国し、静岡での生活を経て東京に落ち着いた経緯を持つ加藤ローサさんにとって、子供の学校環境を安定させることは大きな関心事でした。
転校を繰り返すたびに新しいコミュニティに飛び込み、友達を一から作っていく経験は、子供にとって大きな負担になることもあります。そうした体験を積んできた加藤ローサさんだからこそ、東京でひとつの学校に通い続けられる環境を整えることへのこだわりが強かったのでしょう。
この発言は、単純に「どの学校を選んだか」という以上に、加藤ローサさんの子育てへの姿勢がよく表れているエピソードです。
現在の長男・次男の学校環境と今後
2025年時点で長男は13ー14歳、次男は11歳前後という年齢になっています。長男は中学校に通っており、帝京大学小学校説が正しければそのまま帝京中学校へエスカレーター式に進学している可能性があります。
一方で加藤ローサさんは長男について「お勉強もちゃんとする方で、アニメや漫画が大好きなちょっとオタク気質な子に育った」と語っており、アカデミックな面でも充実した学校生活を送っていることがうかがえます。
次男については、ある時期から地方の学校に進学して寮生活を送るという環境の変化があったことが、加藤ローサさんの発言から伝わっています。
本人が「絶対この学校に行きたい」と強い意志を持って受験を決めたというプロセスからも、自分の進路を自分で選ぶ力を育ててきた加藤ローサさんの子育て方針が活きていることがわかります。
どの学校に通っているかという具体的な情報は今後も加藤ローサさんから明かされる可能性は低いかもしれませんが、子供の意志を尊重しながら最善の環境を選んできたという姿勢だけは、さまざまなエピソードから確かに伝わってきます。
加藤ローサの子供と家族の現在|結婚・旦那・育児エピソードを総まとめ
ここからは、加藤ローサさんの子供と家族の現在、結婚生活や育児エピソードについて、以下の項目を見ていきたいと思います。
- 結婚と旦那・松井大輔との馴れ初めと結婚生活
- 旦那との離婚後も続く同居という新しい家族の形
- 子供と家族がそろう食卓が「一番うれしい時間」
- 子供にまつわる育児苦労話|海外3カ国でのワンオペ育児
- 現在|子供の成長とともに仕事復帰した40代の今
- 子供家族の画像|インスタで公開された親子エピソード
結婚と旦那・松井大輔との馴れ初めと結婚生活
加藤ローサさんと元夫の松井大輔さんのストーリーは、まるでドラマのような展開で多くの人を驚かせました。2010年のワールドカップをきっかけに動き出した出会いから、スカイプを駆使した遠距離恋愛、そして異国での出産と転居を繰り返した結婚生活まで、その歩みはとにかく波乱万丈。
ここではふたりの馴れ初めから結婚生活の実態まで、じっくり振り返っていきます。
ワールドカップが引き合わせたドラマチックな出会い
2010年の南アフリカワールドカップが終わったあと、加藤ローサさんはあるインタビューでサムライジャパンの選手の中で好みの人を聞かれ、松井大輔さんの名前を挙げました。その発言が本人の耳に届いたことで、松井さんは共通の知人であるメイクスタッフを通じて加藤さんに電話をかけてきたといいます。
これがふたりにとって最初の接触でした。
ところが、初めて実際に会ったときの加藤さんの印象は、決してよいものではなかったそうです。加藤さん自身が後のインタビューで「この人との未来はないと感じた」「こういう人とは絶対に結婚してはいけないと思った」と振り返っているほど。好印象から始まる恋でもなかったんです。
飾らず、ありのままに接することができたのも、そのせいかもしれません。
それでもやりとりを重ねるうちに、松井さんへの気持ちはじわじわと育っていきました。情熱的な恋というよりも、時間をかけてゆっくりと愛が深まっていく感覚だったと加藤さんは話しています。
スカイプ婚と呼ばれた遠距離交際から電撃入籍へ
ふたりの交際が始まったのは2011年の初め頃とされています。当時、松井さんはフランスリーグでプレーしていたため、交際当初の約4か月間はスカイプを通じたやりとりが中心でした。実際に顔を合わせてデートができるようになったのは、松井さんが帰国してからのこと。
このスタイルから、ふたりは自ら「スカイプ婚」と表現していたといいます。
そんな中、加藤さんの妊娠が発覚します。妊娠がわかってもすぐには結婚を決断できなかったと、加藤さんは率直に話しています。「正直、結婚するかどうか迷いました」という本音が残っているほど、簡単な決断ではありませんでした。
しかし、松井さんは妊娠を伝えられると、髪をセットしてスーツ姿で花束を持参し、正式にプロポーズをしてきました。一度では決断できなかった加藤さんに対して、松井さんは2度目のプロポーズも行い、ようやくふたりは結婚を決めます。入籍日は2011年6月22日、加藤ローサさんの26歳の誕生日当日でした。
フランスでの出産と海外育児の苦労
結婚後、加藤さんは妊娠8か月の状態でフランスへ渡ります。フランスでは健診から入院、無痛分娩の麻酔代まですべてが無料という環境で、長男は2011年12月13日に誕生しました。ただし、出産は2日間もかかる難産で、フランス時間の朝6時半にようやく産まれたといいます。
フランスでの育児には驚きの連続もありました。現地では絶対に初乳を優先するという考えが根強く、母乳がなかなか出なかった加藤さんはミルクをもらえずに困り果てたそうです。
フランス語が話せないまま赤ちゃんの体重が減っていくのを見て泣き崩れたところ、ようやく看護師がミルクを出してくれたというエピソードは、当時の苦労が伝わってきます。
その後もふたりの生活は転々としました。フランスを皮切りに、ブルガリア、ポーランドと、それぞれおよそ1年ごとに移動を繰り返す生活が続いたのです。
| 時期 | 居住地 | 主なできごと |
|---|---|---|
| 2011年〜 | フランス | 長男誕生、現地での育児スタート |
| 〜2012年頃 | ブルガリア(首都) | 比較的穏やかな生活、友人もでき充実 |
| 〜2013年頃 | ポーランド | 第2子妊娠中、精神的につらい時期 |
| 2014年〜2017年 | 静岡・浜松 | 帰国後ワンオペ育児、次男誕生 |
| 2018年〜2020年 | 横浜 | 松井さんが横浜FCへ移籍 |
| 2021年 | ベトナム | 松井さんのサイゴンFC移籍に帯同 |
ワンオペ育児と静岡時代の地獄と天国
日本に帰国したあと、加藤さんが最初に腰を落ち着けたのは静岡でした。松井さんがジュビロ磐田に所属していた2014年から2017年ごろのことです。この時期に次男が誕生し、0歳と2歳の男の子ふたりをほぼひとりで育てるという怒涛の日々が始まりました。
加藤さん自身が「記憶がなくなるくらい大変だった」「人生で一番しんどかった」と語るほど、静岡時代の育児は過酷なものでした。
もともとコミュニケーションが得意ではないと話す加藤さんが、子供のために勇気を出して児童館に通い、近くにいたママさんに話しかけて幼稚園や小児科の情報を集めた話は、同じ境遇の多くのお母さんに響いたのでしょう。
そうやって少しずつ築いたつながりの中で、後には病気で寝込んだときに玄関にイチゴを届けてくれるほど深い仲のママ友もできたといいます。まさに「地獄から天国へ」を味わったのが静岡時代だったと、加藤さん本人も表現しています。
一方で、外国暮らしや見知らぬ土地での育児を共に乗り越えてきたことが、夫婦の絆を深めたとも語っています。頼れる人が松井さんしかいなかったからこそ、「帰ってきてくれるだけで神様みたい」という感覚が生まれ、ふたりの関係はより深まっていったのだとか。
困難な環境がかえって絆になるというのは、なんだか腑に落ちる話です。
夫婦円満の秘訣は言葉にして伝えること
加藤さんが結婚生活を続けるうえで大切にしてきたのが、思っていることをきちんと言葉にして伝えるという姿勢です。育児がどれほど大変かを率直に話すと、松井さんは仕事が終わるとすぐに帰ってきてくれたといいます。
男性は言わないと伝わらないという感覚を持っていた加藤さんは、我慢せずに伝え続けることを意識してきたそうです。
プレゼントについては「誕生日にお花をくれる程度で、基本的には優しくない」と笑いながら語っていた加藤さんですが、だからこそいざというときに松井さんが見せてくれる優しさが格別にうれしかったとも話しています。
日常の細かい気遣いより、本当に必要なときに寄り添ってくれることへの感謝の気持ちを持ち続けてきたことが、長い結婚生活を支えていたのかもしれません。
旦那との離婚後も続く同居という新しい家族の形
2025年8月に離婚を公表した加藤ローサさんですが、驚かれたのは離婚後も元夫の松井大輔さんと同じ家で暮らし続けているという事実でした。この選択は多くの女性から共感を集め、新しい家族のあり方として広く注目を集めています。
夫婦という枠を外しながらも、親として子供を共に育てていく姿は、現代の家族像をあらためて考えさせてくれます。
テレビ番組で初めて語られた離婚と同居という形
加藤ローサさんが松井大輔さんとの離婚を公表したのは、2025年8月17日放送の日本テレビ系バラエティ番組おしゃれクリップでのことでした。スタジオに出演した加藤さんと、録画映像で登場した松井さんが、それぞれの思いを語るという形で離婚の事実が世間に明かされることになりました。
離婚の時期については加藤さん自身が「今年とかじゃなくて、ちょっと前」と述べており、具体的な年月については公表されていません。松井さんの現役引退が報じられた2024年末から程なくしての公表だったことは、多くのメディアが伝えています。
番組の中では、スタジオで前向きに新しい生き方について語る加藤さんと、録画映像での松井さんの様子との間に温度差があるとネット上でも話題になりました。
加藤さんは「夫婦という形を変えて新しい形を追求したかった」「親としての役割を果たしたかった」という言葉で、離婚後も同居を続ける選択をした気持ちを説明しています。
同居を続ける理由と加藤さんが感じた解放感
離婚しながらも同居を続けることを選んだ背景には、子供への思いが中心にあります。夫婦という関係は終わりにしても、親としての責任はともに果たしたい。そのための現実的な選択として同居を続けているという考え方で、永久的に住み続けるつもりはないとも加藤さんは述べています。
一方で加藤さん自身にとっては、妻という役割から解放されることで大きな変化があったようです。
よい妻、よい母でいなければというプレッシャーの中でずっと生きてきた30代から、自分の人生をあらためて見つめ直す時間が増えてきたという話は、同じような状況に置かれてきた女性たちの心に刺さったかもしれません。SNSには加藤さんの発表後、共感の声が多数寄せられたと報じられています。
ただ、こうした選択ができる背景には経済的な自立があるという視点も重要です。専業主婦や収入が限られている立場では、離婚しても同居を提案するという選択肢を切り出すこと自体が難しいケースも少なくありません。
加藤さんのように女優やタレントとしての仕事を持ち、自分の収入がある状態だからこそ実現できる形だとも言えます。
40歳で迎えた予想より早い巣立ちと新章の始まり
加藤さんが離婚を公表した時期は、子供たちの自立が一段と進んだタイミングとも重なっています。2025年春、次男が13歳でサッカーの強豪校の寮に入学し、親元を離れる生活が始まりました。
18歳まで一緒に暮らすつもりでいたと加藤さんは話しており、予想よりかなり早い巣立ちに驚きつつも、本人の意志を尊重したことがうかがえます。
次男の学校選びには少し偶然の要素もありました。もともと東京のクラブチームの試験を受ける予定でしたが、タイミング悪く骨折してしまい受験できなくなったことから、地方の学校という選択肢が浮上したそうです。
体験入学で訪れた際に次男本人が「絶対にここに行きたい」と強く希望し、自分の意志で受験を決めました。小さい頃から選択肢を与えて自分で決めさせてきた加藤さんの子育てが、こういう場面で生きているのかもしれません。
子供たちがそれぞれの道を歩み始めたことで、加藤さんは自分の時間を持てるようになってきました。30代はほとんど他者の軸で生きてきたという加藤さんが、自分が何をしたいか、何が好きなのかをあらためて問い直すようになったのがこの時期です。
2026年1月スタートのドラマ婚活バトルフィールド37での主演など、仕事面でも本格的な活動再開が続いています。
同居離婚が示す多様な家族のあり方
加藤さんの選択が大きな反響を呼んだのは、単に有名人の離婚発表というだけではありませんでした。離婚しながらも同じ屋根の下で暮らし続けるというスタイルが、多くの人にとって新鮮かつリアルな選択肢として映ったからでしょう。
加藤さんの公表後には、同じような暮らし方をしている一般の人たちが自身の経験を発信するケースも増えました。離婚後も元パートナーと同居しながら子育てを続けているという人たちが、加藤さんの告白によって周囲から理解されやすくなったと感じているという声も出てきています。
海外に目を向けると、ドイツなどではそもそも離婚後に両親が共同で子育てをするスタイルが広く普及しており、子供が1週間交代で父親の家と母親の家を行き来するケースも珍しくありません。子供のために両親が協力し合うという考え方は、日本でも少しずつ浸透しつつあるのかもしれません。
子供がいつでも帰れる場所を守りながら、自分らしく生きていきたい。そのふたつの思いを両立しようとした加藤さんの選択は、現代に生きる多くの女性にとって、ひとつの新しい道筋を示してくれているように思います。幸せの形は人によって違っていいし、家族のあり方も時代とともに変わっていく。
加藤ローサさんの話はそんなことを、あらためて気づかせてくれます。
子供と家族がそろう食卓が「一番うれしい時間」
加藤ローサさんが「今、何をしている時が一番楽しいですか?」と聞かれたとき、真っ先に口から出てきた言葉が「家族みんながそろった時」でした。
芸能界のトップを走り、海外でも子育てを経験してきた加藤さんにとって、家族全員がテーブルを囲める瞬間は、ほかの何にも代えられない特別な時間になっているんです。
家族がバラバラで動く、加藤家のリアルな日常
加藤ローサさんの家庭は、全員が多忙なライフスタイルを送っています。長男と次男の2人の息子さんは、学校や部活のスケジュールが週末にも詰まっていて、土日も自由に動けない日が続きます。
次男にいたっては地方の寮でサッカーに打ち込む生活をスタートさせ、日常的に顔を合わせる機会がさらに限られるようになりました。
一方、元夫の松井大輔さんはコーチ業やイベントの仕事が多く、数日間家を空けることもザラにある状態。家族4人がそれぞれ別々のスケジュールで動いているため、全員がそろう日というのが本当にレアな出来事になっています。
加藤さんがインタビューで「たまーに全員そろってごはんが食べれる奇跡みたいな日があるんです」と語っていたのは、決して大げさな表現ではなく、加藤家のリアルそのものです。
育ち盛りの男の子たちの食卓
家族がそろわないことが多い分、加藤ローサさんは必然的に外食よりも内食を選ぶようになったと話しています。理由はシンプルで、みんなのスケジュールがバラバラすぎて、外食で全員の都合を合わせることがほぼできないからです。
食事の内容については、育ち盛りの男の子が2人いるということで、メニューはガッツリ系が中心。栄養バランスを意識しながらも、食べ盛りの息子たちが満足できるボリューム感のある食卓を意識しているようです。加藤家の食事スタイルをポイントごとに整理すると、以下のようになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 食事スタイル | 外食より内食が中心 |
| メニューの傾向 | ガッツリ系(育ち盛りの男の子向け) |
| バランス面 | 栄養バランスも考慮している |
| 家族がそろう頻度 | 不定期・タイミングが奇跡的に重なった時のみ |
| 子供の自立度 | 自分たちで食事を買ってこられるくらいに成長済み |
子供たちが自分で食事を調達できるくらいに成長したこと自体、加藤さんにとっては子育ての大きな変化のひとつです。それまでは目を離せなかった子供たちが、親なしで動けるようになったことへの安堵と、少しの寂しさが混じったような感覚がにじんでいます。
「奇跡みたいな日」が特別に感じられる理由
加藤ローサさんが家族全員での食卓をこれほど特別に感じるのには、長年にわたる子育ての積み重ねがあります。
長男は2011年生まれ、次男は2014年生まれで、2人ともだいたいのことは自分でこなせるようになり、加藤さんが「生活面でも彼らには彼らの世界ができ上がってきていて、そこに私はだんだん必要でなくなってきています」と感じるほどに自立しています。
子育て中心だった30代を過ごしてきた加藤さんにとって、子供の自立が進む今の時期は「卒母」の入り口でもあります。2025年春には次男が13歳で地方の学校の寮に入り、加藤さんは「18歳まで一緒に暮らす心づもりでいたのに」と話していたほどです。
想定より早く子供が巣立っていく現実を目の当たりにしたからこそ、家族全員がそろう食卓の時間の価値がより高まっているんと考えられます。
家族みんながそれぞれの世界で頑張っているからこそ、全員が集まる瞬間に意味が生まれる。子供が成長するほど、家族そろっての時間は珍しくなるものです。
一人の時間も大切にしながらバランスをとる
家族がそろう食卓をうれしいと感じながらも、加藤ローサさんは自分自身の時間も等しく大切にしています。
母親と2人で旅行の計画を立てていると話していたり、1人でゆっくりコーヒーを飲む時間に「満たされてるなー」と感じると語っていたりと、40代に入ってようやく自分に目を向けられるようになったと実感しているようです。
子育て一色だった10年を経て、仕事を少しずつ再開し、自分の時間を持てるようになった今。家族がそろう食卓の喜びと、一人の時間の充実を両輪として楽しんでいる加藤さんの姿は、同じく子育てを終えつつある世代の女性たちにとって、ひとつのロールモデルになっているかもしれません。
子供にまつわる育児苦労話|海外3カ国でのワンオペ育児
加藤ローサさんがこれまでの人生でもっとも大きな壁だったと話すのが、言葉も文化も違う海外での孤独な子育て経験です。フランス、ブルガリア、ポーランドという3カ国を1年ごとに転々とし、帰国後は静岡でのワンオペ育児が待ち受けていました。その道のりは、想像するだけでも息をのむほど濃密なものでした。
フランスでの出産と、誰も知らない土地でのスタート
加藤ローサさんが長男を出産したのは2011年12月13日、フランスのディジョンにある総合病院でのことです。松井大輔さんがフランスリーグに所属していたため、妊娠中に渡仏し、現地で出産を迎えました。
フランスでは妊娠から出産、無痛分娩の麻酔代までが原則無料という手厚い制度があります。その点では恵まれた環境ではありましたが、文化的な違いが加藤さんを何度も戸惑わせました。産後の入院中の食事がりんご1個にパン1枚、ときどきチーズという内容で、日本の産後入院と比較すると質素なものでした。
また、フランスでは母乳育児が優先される文化があり、なかなか母乳が出ない状態でもミルクをすぐには提供してもらえない場面があったといいます。
フランス語を話せない加藤さんは自分の状況をうまく伝えられず、赤ちゃんの体重が減り続けるという切羽詰まった状況に。最終的に限界を感じて大泣きしたところ、看護師さんが駆け寄ってきてミルクを出してくれたといいます。
言葉の壁があっても、感情を全力でぶつけることで状況が動いた体験談は、当時の加藤さんの必死さを物語っています。
出産自体も2日間かかる難産で、フランス時間の朝6時30分にようやく長男が誕生しました。当時はスマートフォンで手軽に情報を調べることも難しい時代で、加藤さんは現地在住の日本人の方のブログを読み漁りながら、手探りで育児の知識を集めていたといいます。
比較的余裕があったブルガリアと、精神的に追い詰められたポーランド
フランスの次に移ったブルガリアは首都での生活で、和食屋さんも多く食事に困ることはほとんどなかったようです。ベビーシッターに長男を預けて夫婦でカフェに出かけることもでき、加藤さん自身もヨガ教室や英語の語学学校に通って現地の友人ができていきました。
「首都最高。」と感激したほど、この時期は心の余裕があったといいます。
しかしポーランドに移ってからは状況が一変します。長男の育児に手がかかる上に第2子の妊娠中という状態で、さらにポーランドの冬は午後3時ごろに日が落ちてしまうほど日照時間が極端に短い環境でした。
知り合いのいない土地で、暗くなるのが早い日々の中での妊娠生活は、精神的に相当堪えるものがあったようです。
3カ国それぞれの状況をまとめると以下のとおりです。
| 国 | 滞在期間の目安 | 生活環境 | 当時の育児状況 |
|---|---|---|---|
| フランス | 約1年 | 地方都市・日本語環境ほぼなし | 長男誕生・難産・知人ゼロ |
| ブルガリア | 約10カ月 | 首都・和食屋が多い | ベビーシッター活用・比較的余裕あり |
| ポーランド | 約1年 | 冬の日没が早い・精神的につらい | 長男手がかかる+第2子妊娠中 |
どの国でも約1年ごとに転居するサイクルが続き、落ち着いたと思ったらすぐ次の土地へという生活でした。言葉が通じない環境と治安面での不安から、子連れで外出できる機会もかなり制限されていたといいます。
静岡でのワンオペ育児が「人生で一番大変だった」
ポーランドでの生活が精神的に限界を迎えていた頃、ジュビロ磐田から松井大輔さんへのオファーが届きます。加藤さんはそのニュースを「希望の光。神様はいるんだ。」と感じたほどで、それほど追い詰められていたことが伝わってきます。
帰国後は加藤さんが鹿児島で次男を出産し、約1カ月後に静岡へ合流します。松井さんは先乗りしていたため、加藤さんは生後間もない次男と2歳の長男を連れての移住でした。ここから始まった静岡での育児は、加藤さん自身が「人生で一番大変だった」と振り返るほどの日々です。
0歳と2歳の兄弟を同時に育てる毎日は、家はぐちゃぐちゃ、外出時には次男をおんぶしながら走り出す長男を必死に追いかけるという連続でした。あまりの大変さに自分が倒れかけることもあったと語っており、記憶がなくなるほどの密度の濃い時間だったといいます。
アスリートの夫にコンディションを崩してほしくないという気持ちから、つらさを我慢し続けていたことも打ち明けています。
もともと人とコミュニケーションを取ることが得意でないと話す加藤さんにとって、見知らぬ土地での孤独な子育ては心細さとの戦いでもありました。
それでも子供のために児童館に足を運び、そこで出会ったお母さんたちに声をかけて幼稚園や小児科の情報を集め、行政の支援も活用しながら少しずつ環境を開拓していきました。
ママ友との出会いが静岡時代を「天国」に変えた
地道に人間関係を築いていくうちに、加藤ローサさんの周りには少しずつママ友の輪が広がっていきます。長男が幼稚園に通い始めてからは、週末にお父さんがいない家庭同士で集まってお泊まりをするような、家族同然のつながりが生まれていきました。
なかでも加藤さんが語ってくれた印象的なエピソードが、病気で寝込んでいた際に玄関のドアにイチゴを引っ掛けておいてくれた友人の話です。言葉ではなく行動でさりげなく気遣いを届けてくれる存在が生まれたことを、加藤さんは「友人にはとても恵まれましたね」と話しています。
静岡での生活を、加藤さんは地獄から天国へと表現しています。孤独な子育てという地獄を経て、人のつながりという天国にたどり着いた経験は、現在の加藤ローサさんの芯の強さと人への温かさの土台になっているんじゃないかと感じます。
海外生活という特殊な環境の中で積み上げてきた苦労と、そこで育まれた人間関係が、今の彼女をかたちづくっているんです。
現在|子供の成長とともに仕事復帰した40代の今
加藤ローサさんは2024年に40歳を迎え、女優としての活動が明らかに加速しています。二人の息子さんがそれぞれ自分の世界を持ち始め、親の手助けをほとんど必要としなくなったことで、やっと自分自身に向き合う時間が生まれてきたと語っています。

30代の10年間を育児に全力投球してきた加藤さんの「今」は、多くの女性にとっても共感できるところが多いはずです。
30代は「自分を見る暇がなかった」という10年間
加藤ローサさんはある雑誌のインタビューで、「30代は子供たちの変化を隣で支えながら見ていたので、自分には目を向けられていなかった10年でした」とはっきり語っています。
部活や習い事に一人で行けるようになった息子さんたちを見て、「そこに私はだんだん必要でなくなってきている」と感じた瞬間が、仕事への意欲を取り戻すきっかけになったようです。
息子さんたちからは「なんでママは働いてなかったの?」と聞かれることもあり、「君たちがいたからだよ。」と笑って返すシーンも明かしています。
子供たちも、そして元夫の松井大輔さんも、加藤さんの仕事再開を応援しているとのことで、家族全員からのバックアップがあってこそのスタートだったことが伝わってきます。
2024年以降の出演作と仕事の広がり
仕事再開は「望んだからといってできるものではなく、相手に必要とされて初めて成り立つ」と謙虚に話す加藤さんですが、その実績は確実に積み上がっています。
2024年11月からはTOKYO MXのドラマ「きみの継ぐ香りは」で星野真里さんとのダブル主演を務め、2025年10月からは読売テレビ・日本テレビ系「推しの殺人」に出演。2026年1月からはテレビ東京系「婚活バトルフィールド37」で単独主演の赤木ユカ役を担当しています。
バラエティ番組への出演も積極的で、日本テレビ系「上田と女が吠える夜」では育児の悩みや自身のひとりっ子エピソードを飾らずに語り、共演者からも共感を集めています。
仕事を選り好みするのではなく、「いただけるお仕事があって、スケジュールが合えば」という姿勢で俳優業もバラエティも両方楽しんでいるのが現在の加藤さんのスタンスです。
| 年 | 作品名 | 種別 | 役・備考 |
|---|---|---|---|
| 2022年 | 凪の島 | 映画 | 原田真央役・久々の映画復帰 |
| 2024年11月〜 | きみの継ぐ香りは | ドラマ(TOKYO MX) | 星野真里とのダブル主演 |
| 2025年10月〜 | 推しの殺人 | ドラマ(読売テレビ・日テレ系) | 河都麗子役 |
| 2026年1月〜 | 婚活バトルフィールド37 | ドラマ(テレビ東京系) | 単独主演・赤木ユカ役 |
ここ数年で一気に出演が増えていることがわかります。30代の空白期間を経て戻ってきた加藤さんの存在感は、むしろ増しているように感じます。
2025年に公表した離婚と「新しい家族の形」
プライベートで大きな転機となったのが、2025年8月17日放送の「おしゃれクリップ」(日本テレビ)への出演です。この番組の中で加藤ローサさんは、元夫・松井大輔さんとの離婚を自ら公表しました。離婚の具体的な時期については「今年とかじゃなくて、ちょっと前」とだけ触れ、詳細は明かしていません。
注目を集めたのは、離婚後も同居を続けているという点です。加藤さんはその理由として「夫婦という形を変えて新しい形を追求したかった」「親としての役割を果たしたかったから」と説明しており、子供たちのために家族としての生活を維持する選択をしたことを明らかにしています。
このスタイルはSNSで瞬く間に話題になり、「羨ましい」「私もそうしたい」という女性からの声が殺到しました。
「離婚後も同居」という選択が現実的に成立するには、双方の経済的な自立が不可欠だという指摘もあります。芸能の仕事を持ち、自分で生計を立てられる立場だからこそ選べた道でもあって、それが多くの女性が「羨ましい」と感じた背景にあるのかもしれないです。
想定より早く訪れた「卒母」の瞬間
加藤さんは「18歳まで一緒に暮らすつもりでいた」と語っていましたが、2025年春に次男さんが13歳で寮生活をスタートさせたことで、想定外の早さで卒母の時期が訪れました。きっかけは、東京のクラブチームの試験直前に骨折してしまうというアクシデント。
試験を受けられなくなり、「だったら地方もありかも」と自然な流れで体験入学へ足を運んだところ、次男さん自身が「絶対この学校に行きたい」と決意。本人の意志を尊重した形での進学となりました。
「選択肢を与えすぎた」という子育ての反省を語りながらも、早い段階で自分のやりたいことを見つけ、進路を自分で選べる力が育ったことへの手ごたえも感じているようです。寮に送り出す際の複雑な心境は、多くの親御さんに響くものがあります。
40代のコンディション管理と健康への意識
体のメンテナンスについては、「30代に入った頃からずっと疲れが取れない」という感覚が続いていると正直に話しています。もともと体が強いほうではないと自覚しており、頑張りすぎた翌日は「布団からなかなか出られない」こともあったとのこと。
現在はピラティスとウォーキングを継続しており、スーパー銭湯の岩盤浴で汗をかくことも習慣に組み込んでいます。
「運動だけは少しでも続けたほうがいい」と言い続けてきた元夫の影響もあって、体を動かすことへの意識は高まっているようですが、「体力お化けな彼とは全然違う世界」と笑いながら語るところに加藤さんらしさが出ています。
睡眠については、子供たちと添い寝をしなくなってから格段に熟睡できるようになったと語っており、質の高い休息が今の活動を支えているようです。
子供家族の画像|インスタで公開された親子エピソード
加藤ローサさんのインスタグラムは、子供たちの名前や顔をしっかり非公表にしながらも、親子の日常がリアルに伝わってくると評判です。お祝いのシーンや息子さんとの何気ないやり取り、サッカー観戦の帰り道など、芸能人らしくない飾らない投稿が続くたびにコメント欄が温かな言葉で溢れています。
ここでは、インスタグラムや取材・インタビューを通じて公開された親子エピソードをまとめていきます。
次男の誕生日「バタバタ準備」投稿の温かさ
次男さんが2026年2月5日に12歳の誕生日を迎えた際、加藤さんはインスタグラムに「昨日は次男の誕生日でしたー」とつづり、2枚の写真をアップしています。
「仕事だったので、帰宅後バタバタで買い出しへ行ってパーティの準備を」というコメントからは、仕事と子育てを両立するリアルな日常が伝わってきます。
誕生日ケーキや「HAPPY BIRTHDAY」のカチューシャを付けた加藤さんの自撮りショットが公開されたほか、クラッカーを鳴らし忘れてしまい、翌朝「いってらっしゃい」のタイミングで鳴らしたというほっこりエピソードも添えられていました。
「年男の次男くん、これからもアナタらしく ラブユーの気持ちを込めて」という締めのコメントに、たくさんのファンが「おめでとうございます。」「ろうそくがクネクネでオシャレ」「もう12歳!?」と反応しています。
長男と夕日をバックに撮った親子2ショット
長男さんが11歳だった頃の週末、一緒にサッカー観戦へ出かけた帰り道に撮影した夕焼け空をバックの親子2ショット投稿は、多くのファンの心をつかみました。
「試合後の夕日の綺麗さったら。感激でした」と書き添え、「となりにいる長男は、夕日はなぜ赤いのか、ずっとうんちく語ってます(笑)」というコメントが長男さんの個性をそのまま伝えていて、読んでいるだけで情景が浮かびます。
次男さんが写っていなかったことについては「関係者入り口で選手やスタッフの動きを見るのが好きなので、いません(笑)」とさらりと説明。兄弟でまったく違う楽しみ方をしているというのも、加藤家らしいエピソードです。
「2人とも本当によく育ってくれていて、幸せです」という言葉には、コメント欄に「息子さんたち大きくなりましたね」「どんどん子供さん大きくなります!!」といった声が相次ぎました。
家族で出演した豆乳ヨーグルトCMの「リアルすぎる」舞台裏
インスタグラムとは異なる形での家族公開エピソードとして広く知られているのが、2019年に撮影されたポッカサッポロフード&ビバレッジの「SOYBIO豆乳ヨーグルト」CMです。
実際の自宅をロケ地に使い、スマホで撮影するというスタイルで制作されたこのCMには、当時まだ小学生だった息子さんたちも出演しています。子供の顔は映らないよう配慮されていたため、新しい形の家族CM出演として注目を集めました。
撮影の裏側として加藤さんが明かしたのは、「脚本なしで撮影をおこなっていたところ、子供たちが割り箸で戦いを始め、何度注意しても言うことを聞かなかったので怒った」という場面。その怒っている様子がそのままCMに使われてしまい、「まさかあそこが使われるとは。」と驚いた様子でした。
子供たちの自然な反応が画面ににじみ出た作品として、視聴者からも好評でした。
浜松まつりや地元コミュニティへの参加
静岡県浜松市に住んでいた時期、加藤さんはインスタグラムで「浜松まつり」への参加を投稿しています。元夫の松井大輔さんが2014年から2017年にかけてジュビロ磐田に所属していた縁で浜松に居を構えた加藤さんにとって、地域の祭りへの参加は日常の一コマ。
知り合いゼロからのスタートだった浜松生活で少しずつ根を張っていった様子が、こうした投稿から見えてきます。
次男さんの所属する少年団チームでは、加藤さんがマネージャー的な役割を担い、スコアをつけたり応援したりする日々を送っていると語っています。自身のインスタグラムでは「送迎BBA」と自虐的に綴ることもあり、芸能人とは思えない等身大の投稿スタイルがファンから支持される理由のひとつになっています。
松井大輔さんの引退試合でボールボーイを務めた次男
2024年12月15日に行われた松井大輔さんの引退試合は、加藤家にとって特別な1日となりました。その試合で次男さんがボールボーイとして参加したことは、加藤さんのインタビューを通じて明かされています。
「サッカー選手としてもパパに憧れている彼はウキウキしてました」という一言が、父と息子の関係を端的に表していて、読んでいてほっこりする場面です。
コネや縁故を使わず「本人の実力を見てもらおう」という方針を元夫と話し合っているという加藤さんの言葉からは、親としての信念も垣間見えます。松井さんが引退した後は家族の生活拠点も落ち着き、子供たちの学校環境も安定してきた時期と重なります。
「感じた」で締めた誕生日朝の母子の会話
加藤さんが取材の中で語ったエピソードとして特に反響が大きかったのが、長男さんの誕生日の朝に交わした何気ない会話です。「こんなに大きくなってかわいい、かわいい。愛しているよ」と伝えたところ、長男さんが無言で返してきました。
それでも加藤さんは「うん、ありがとう。もっと好きだよ」と続け、長男さんが「俺なにも言ってないけど」と返すと、「感じた」とひと言で答えたというもの。
思春期に差し掛かって素直に甘えてくれるようになった長男さんとの距離感を「こんなふうに甘えてくれるのも最後かな?と、この時間を大切にしています」と表現した加藤さんの言葉は、育児をしている多くの親御さんに深く刺さったようです。
以下に、加藤さんが公開してきた主な親子・家族エピソードを整理しています。
| エピソード | 時期 | 公開手段 | 反響のポイント |
|---|---|---|---|
| 次男の誕生日バタバタお祝い | 2026年2月 | インスタグラム | クラッカー翌朝・ケーキの投稿が話題に |
| 長男との夕日2ショット | 2023年頃 | インスタグラム | うんちく語る長男のキャラが話題 |
| 豆乳ヨーグルトCM出演 | 2019年 | CM・インタビュー | 怒り場面がそのまま採用 |
| 浜松まつり参加投稿 | 静岡在住時代 | インスタグラム | 地域への溶け込みぶりが伝わる |
| 松井引退試合・次男ボールボーイ | 2024年12月 | インタビュー | ウキウキ参加した次男の様子 |
| 誕生日朝の「感じた」会話 | 近年 | 雑誌インタビュー | 思春期の母子関係が共感を呼ぶ |
子供たちの名前や顔を一切出さないというプライバシーへの配慮を徹底しながら、それでいてこれだけ豊かな家族の空気感を伝えられるのは、加藤ローサさんの言葉選びとその飾らない人柄があってこそと考えられます。
投稿のたびにコメント欄が温かな言葉で溢れるのも、それだけ読んでいる側に何かを届けているからでしょうね。
子供家族構成と育児エピソードをまとめて解説
- 加藤ローサの子供は息子2人で、娘はいない
- 長男は2011年12月13日生まれでフランス・ディジョンで誕生した
- 次男は2014年2月5日生まれで日本(鹿児島)で誕生した
- 2人の息子はイタリア系と日本人のクォーターにあたる
- 長男は加藤ローサ似の落ち着いたインドア系で、アニメや映画が好きな性格に育った
- 次男は松井大輔そっくりの社交的な性格で、生後5か月からボール遊びに熱中したサッカー少年だ
- 次男は2025年春に13歳で地方の学校の寮に入り、親元を離れた
- 松井大輔の引退試合では次男がボールボーイとして参加し、父に憧れる姿を見せた
- 息子たちが通う学校は非公表だが、帝京大学小学校説が状況の一致から最も有力視されている
- 加藤ローサは結婚後フランス・ブルガリア・ポーランドを転々とし、言葉が通じない環境でのワンオペ育児を経験した
- 帰国後の静岡時代は0歳と2歳の兄弟を同時に育てる日々を「人生で一番大変だった」と振り返っている
- 2025年8月に松井大輔との離婚を公表したが、子供のために離婚後も同居を続けている
- 加藤ローサのインスタグラムは子供の名前・顔を非公表にしながらも飾らない親子エピソードが評判を呼んでいる
- 子供たちの自立が進んだことを機に女優活動を本格再開し、2026年はテレビ東京系ドラマで単独主演を務めた
- 「家族全員がそろった食卓」を一番うれしい時間と語っており、多忙なスケジュールのなかでその瞬間を大切にしている


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