逸見政孝の息子と娘の現在は?タウンタウンの涙とビートたけし?豪邸の場所?

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フジテレビの人気男性アナウンサーだった逸見政孝さんについて調べていきます。

 

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男性アナウンサーであり、バラエティ番組でもタレントさんたちに絶大な信頼を得ていたアナウンサーの逸見政孝さん。

 

 

フジテレビからフリーに転身後も様々な番組に引っ張りだこで大人気だった逸見政孝さんですが、1993年12月25日、48歳という若さでこの世を去ってしまいました。そんな逸見政孝さんの今ではなかなか語られることのない私生活について調べて行きたいと思います。

 

【息子と娘の現在は?】

 

早速、逸見政孝さんのご家族について調べていきたいと思います。1968年にエッセイストの晴恵さんと出会った逸見政孝さんは約2年間の交際期間を経て結婚、お子さんが2人誕生しています。

 

 

1972年12月24日に誕生したのは長男の逸見太郎さん、そして1975年3月10日には長女の逸見愛さんが誕生しています。

 

それぞれ2019年10月現在、逸見太郎さんは46歳、逸見愛さんは44歳になっていられます。ではそれぞれの現在までの経歴を見ていきたいと思います。

 

 

まずは逸見太郎さん、2世タレントとして1998年には北野武監督の映画「HANABI」で俳優デビューを果たし、その後もテレビドラマや舞台などで俳優として活躍し得意なスポーツ番組などにも多数出演されました。

 

しかし2003年頃からはテレビでの活躍を全く見なくなってしまいます、そんな状態から抜け出せたのは6年ほど経った2009年の1月、夕方の帯番組「5時に夢中!」での司会者としての抜擢でした。

 

父・逸見政孝さんと同じように情報番組の司会者となって月曜日から日曜日まで生放送を務められました。2012年3月31日に番組卒業後はまたメディアへの露出が少なくなっていきました。一部報道ではアメリカへ行くのではないかと言われていましたがそれは否定。

 

2013年2月に放送された「爆報!THEフライデー」のあの人は今!?的なコーナーで紹介された逸見太郎さんは2013年1月23日に一般人女性と結婚したことを報告しており、最近では2017年4月より福島放送の夕方の帯番組の司会をされていることが確認されておりますが以前のように俳優さんとしての活躍はされておられないようですね。

 

 

続きまして長女の逸見愛さんは1990年にイギリスに留学しダンスや音楽・英語にバレエなどを学び帰国後はそれらを生かして女優さんとしてデビューをし舞台やドラマなどに出演し活動されておられました。結婚などの情報もまったくなく芸能活動に関しても目立った活動はされていないようです。しかし得意な絵画の分野で賞を受賞したりされています。

 

【豪邸の場所?】

 

逸見政孝さんが1993年12月25日、48歳という若さで亡くなってしまった後に逸話として残っているものの1つにご家族で過ごした「豪邸」が話題になりました。

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豪邸は世田谷区奥沢という場所に位置した7KDKの140坪という広さで1992年に完成しています。12億円で建てられたこの豪邸ですが逸見政孝はそこで1年も住むことなく亡くなってしまいましたので、残された家族にはその豪邸の返済が残り、返済に追われることになります。

 

豪邸を売却してしまえば良いのではないかと言われていた中、奥様の晴恵さんはエッセイストでしたので講演会などを精力的に行って全国を飛び回り家族との思い出の場所である豪邸を自身の手で守ることを決意され、17年かけて返済をほとんど終了したのです、女手一つですごいですよね。しかし2010年10月21日、奥様の晴恵さんは「肺胞蛋白症」という病で61歳で死去されてしまいました。

 

【ダウンタウンの涙?】

 

さて、アナウンサーという立場でありながらフリー転身後様々な番組に出演し、それまでの男性アナウンサーという堅いイメージを覆してきた逸見政孝さんですが、1990年に放送されていた「世界の常識・非常識」というクイズ番組で司会を努めた逸見政孝さんは回答者という立場で共演を果たしたダウンタウンの2人とお互いに関西出身ということもあり意気投合し東京進出してきたばかりのダウンタウンを当時はよく気にかけていたそうです。

 

そのため逸見政孝さんの訃報を聞いた際にダウンタウンの2人は「逸見さんには本当に良くしていただいた」と涙ながらに語っていました。

 

 

奇しくも逸見政孝さん、ダウンタウンの2人が共演を果たしたその番組の後番組が後に伝説のお笑い番組と称された「ダウンタウンのごっつええ感じ」だったのです。

 

【ビートたけし?】

 

先程も息子さんをご紹介した際に少し触れましたが、逸見政孝さんは芸人界のレジェンドであり映画監督のビートたけしさんとも交流がありました。

 

じつは現在でも特別番組として放送されるビートたけしさんが司会を務める「平成教育委員会」はもともと1991年にスタートした際には「たけし・逸見の平成教育委員会」という名で放送されていました。

 

総合司会者として番組を進行しその信頼関係は視聴者として見ていても分かるほどでした。逸見政孝さんが亡くなってからは特番でも番組の再開はないかと思われましたが、ビートたけしさんがあとを引き継ぐ形で現在でも出演し続けておられます。

 

【まとめ】

 

 

今回は男性アナウンサーの中でも、ビートたけしさんらお笑いビッグ3と言われるレジェンドたちの番組を司会できるほどのセンスがあり絶大な信頼をおかれていたアナウンサー・逸見政孝さんについて調べてきました。

 

残念ながら1993年12月25日、48歳という若さでこの世を去ってしまった逸見政孝さんですがお子さん達2人も芸能活動をされており、長男の太郎さんは自身と同じ司会業をするなど活躍されています。今もし逸見政孝さんが生きておられたら現在のバラエティ番組のあり方も違っていたであろうとさえ言われるほど多くの人から信頼されていた逸見政孝さん、きっと天国で今日本の芸能界・テレビ業界を見守っていてくれていることでしょう。

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