今回はMr.かくし芸・堺正章さんについて調べていきます。
歌手であり、バラエティ番組の司会者、俳優など幅広い活躍をされているタレント・堺正章さん。
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73歳(2020年1月現在)となっても若々しく、大人気お正月番組だった「かくし芸」では毎回見ている人をアッと驚かせる芸で湧かせていた堺正章さんですが、1960年代には今でいうアイドルグループのような存在で若い女性からの支持が熱かった「ザ・スパイダース」のボーカルとしても活動されていました。今回はそんなMr.かくし芸・堺正章さんの私生活に迫って色々と調べていきたいと思います。
【堺正章の子供(娘)は菊乃?】
では早速、堺正章さんのご家族について調べていきましょう。堺正章さんには現在2人目の奥様との間に生まれたお子さんがお2人いらっしゃいます。お名前は長女でデザイナー兼ファッションブロガーの菊乃さんと、次女で女優の小春さん、お2人ともお嬢さんです。
こちらが長女の菊乃さん。スタイルもよくまるでモデルさんのようですね。堺正章さんにもどことなく似ておられますね。
そしてこちらが次女の小春さん。とっても可愛らしい方ですね、デビューは舞台の「アニー」だったそうです、今後もその活躍が期待されますね。そういえば菊乃さんの方は過去に女優さんとしても活動されていた時期があったようですが、後にデザインの勉強をしたいということで女優さんは辞めておられます。
次女の小春さんは現在舞台や映画に出演する女優さんとして活動されておられ、父と同じく芸能界で活躍されています。ちなみに堺正章さんには息子さんもいるという情報がありましたが、それは俳優の「堺雅人」さんのことだったようで、名字が一緒なのでそう思われてしまっただけのようです。
【堺正章の子供の学校?】
さて、堺正章さんのお嬢さんは現在、菊乃さんが29歳・小春さんが25歳になっておられますがここからはそんなお嬢さんたちの学歴について調べていきましょう。
まずは菊乃さんについて。じつは詳しい学校名については公開されておらず、19歳から22歳の頃にロンドン・サンフランシスコに留学してデザインの勉強をされ帰国していることだけが明らかになっています。その後はデザインの事務所で働き雑誌「NYLON JAPAN」のオフィシャルブロガーとして活動を開始、2015年には自身のブランド「PURPLE THINGS」を立ち上げデザイナーとしても活躍しています。
続きまして次女の小春さん、こちらも残念ながら明確にはされていませんが「日の出中学校・高等学校」に通っていたのではないかとする情報が挙がっています、この学校は芸能人御用達の学校のようで都内ではかなり有名な学校のようです、その後は大学へ進学しており建築関係の勉強とインテリア学科で学んだようです、こちらも「文化学園大学造形学部建築・インテリア学科」だとする情報がありましたがご本人からは公表されていません。
どちらにしてもお嬢さんたちはお2人ともアーティスト肌と言いましょうか、才能にあふれる方たちであることがわかりますね。
【堺正章の父親の死因?】
堺正章さんといえば先程もご紹介したとおり1960年代に大活躍していた「ザ・スパイダース」のボーカル、しかしじつは2世タレントでした。堺正章のお父様は堺駿二さんといい昭和を代表する売れっ子の喜劇俳優だったそうです、あまりの売れっ子だったために常に台本を12冊持ち歩きたくさんの映画にも出演しておられました。売れっ子だった父・堺駿二さんの子供として生まれた堺正章さんは幼い頃から豪邸に住むくらいのお坊ちゃんだったということも有名な話です。
さらに父・堺駿二さんは周囲への気配りや何よりも見に来てくださるお客様への期待に応える俳優さんだったようで、舞台のリハーサル中に歩くのが困難になるほどの怪我をされても公演を続行するなどとにかく役者として熱い人でした。
しかしそんな堺駿二さんに悲劇が起きたのは1968年8月の公演期間中でした、先程書いた、歩くのが困難なほどの怪我を負った一週間後、舞台本番中に舞台袖に下がった瞬間に『脳出血』で倒れ搬送先の病院で亡くなりました。享年54歳という若すぎる死でした。舞台での最後のセリフは「あたしゃ、まだまだ元気ですよ~」だったそうです。
舞台の上で死ねるのが役者の本望だとよく言いますが、堺正章さんのお父様はそれを実際に舞台の上でやって、見に来てくださったお客様たちへお別れしたのかもしれませんね。とはいえもし怪我をしたときにしっかりとケアしていたらもう少し早くに発見できたかも知れない病、堺正章さんや残された家族はとても悔やんだと言います。
【堺正章の嫁の現在?】
冒頭でご紹介しましたとおり、堺正章さんはこれまでに離婚歴2回・結婚3回という結婚歴があります。ここからはそんな堺正章さんの結婚・離婚遍歴を調べていきましょう。まず堺正章さんの最初の結婚は1974年に一般人女性とでした、下積み時代に結婚した堺正章さんでしたがザ・スパイダースとしてデビュー後にはかなり多忙となり奥様とはすれ違い生活が続くことになり1980年には離婚しています。
そして菊乃さんや小春さんの母でもある堺正章さんの2人目の奥様はスポーツキャスターをしていた岡田美里さんと1989年に再婚。
お子さんが誕生しおしどり夫婦と言われていましたが、結婚から12年後の2001年に離婚します、その原因は岡田美里さんが幼少期に経験した暴力が原因でPTSDを患い、堺正章さんの些細な言動に恐怖を感じるようになったこと。またお嬢様育ちの岡田美里さんが外で多忙に働く堺正章さんに対して理解が出来ないと感じたからだそうです。人にはいろんな価値観がありますが、この離婚は当時大きな話題となってワイドショーを賑わせました。
そして現在は2011年、自身の65歳のお誕生日に22歳年下の元モデルの女性と再婚されています、お2人はイタリア発祥のイベント『ラ・フェスタ・ミッレミリア』が出会いのきっかけではないかと言われています。
このイベントはクラッシックカーで明治神宮御苑から一般道や高速道路を走って鈴鹿サーキットを目指すというものでクラッシックカーが好きな堺正章さんは毎年参加されています、じつは奥様とは2003年にすでに交際の報道が出ており、堺正章さんはそれを否定すること無く8年間堂々と交際しておられました。とはいえ自身が2度の離婚歴があるということも踏まえ、8年間の交際期間でじっくりと考え、愛を育んできたそうです。
【堺正章はヒロミを干す?】
最後に堺正章さんが現在大活躍のタレント・ヒロミさんを『干した』のではないかという噂について見ていきましょう。まず『干す』とは芸能界用語で“仕事がもらえなくなること”と言われていますが、堺正章さんが本当にヒロミさんを『干した』のでしょうか?
確かに現在は多くのバラエティ番組に出演してるヒロミさんですが、過去には全くメディアへの出演がなくなった時期がありました。その理由が堺正章さんによって『干された』からだというのです、30歳ごろから徐々に司会者としてのトーク力などが上手くなってきたヒロミさんは当時から若手芸人などからも恐れられるほど天狗になっていると言われていました、調子に乗っていると思われていたんでしょうね、ヒロミさんも当時を振り返ると確かに反省するべきことがたくさんあると言っています。
メディアへの出演が急になくなる直前に共演していたのが堺正章さんだったということと、最近また再ブレイクを果たしたヒロミさんと共演したときに堺正章さんが冗談交じりに『また干すぞ』などと言っていたことからこの話が事実だとされていたのですが、そこまでの力は堺正章さんには無いとする声もあり、今では『都市伝説』のようになっています。実際にヒロミさんとは師弟関係のようであり交流もあるそうなので『俺から干されたっていうことにしてたら面白いよね』ということなのかもしれませんね。
【まとめ】
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今回はMr.かくし芸の異名を持つタレント・堺正章さんについて調べてきました。過去には『ザ・スパイダース』のボーカルとして活躍し、その後は俳優・司会者など幅広い活躍で人気。
2回の離婚歴と3回の結婚歴がありますが、2人目の奥様との間に生まれた2人のお嬢さんはそれぞれ自立されており、堺正章さんご自身も65歳のときに現在の奥様と8年間の交際期間を経て再婚し幸せに暮らしておられます。今後もなんでも出来る器用な堺正章さんのご活躍を期待ですね。
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